今日はわたしの失恋記念日

かごめごめ

今日はわたしの失恋記念日

 もう二度とあんな苦しい思いはしたくないのに――それなのに。


 だけど、でも。どうしようもなく恋焦がれてしまう。

 彼の存在を意識せずにはいられない。


 ――今日はわたしの失恋記念日。


 四年前の冬。わたしは高校一年生だった。

 あのころは、目に映るすべてがキラキラと輝いていた。

 一度しかない青春時代を、全力で謳歌していた。


 ……好きだった男の子に意気揚々と告白して、玉砕するまでは。


 あれから四年。

 なんということでしょう。

 わたしはいまだに、あの失恋から立ち直れずにいるのです。


 そして彼氏いない歴=年齢のまま、気づけば二十歳に。

 友達いわく「ちょっぴり厳しめな女の子」、それがわたしなんです。


 吹っ切りたいのに吹っ切れない。

 それほどまでに彼のことが好きだったのか、それともわたしのメンタルが雑魚すぎるだけなのか、自分でもよくわからないけど。


 とはいえ、なにも痛みにのたうち回りながら毎日を生きてるわけじゃない。友達と遊んでるときなんかは、普通にそんなこと忘れてる。そういう意味では、立ち直れずにいるというのは大げさかもしれない。


 それでも……心臓の端っこに細い針が突き刺さっているような感覚だけは常にあって。

 そしてわたしの心臓は、今日という忌まわしき記念日が来るたびに、限界まで膨らんだ風船みたいに破裂してしまう。


 苦すぎる記憶が、鋭すぎる痛みが、昨日のことのように蘇ってしまうのだ。


 もう恋なんてしない――何度そう心に誓ったことか。

 なのに。


 わたしはまた、恋をしてしまった。


 バイト先に新しく入った後輩、四谷よつや緋路ひろくん。わたしのひとつ下の大学一年生。

 最初はイケメンだけど好みではないかなぁ、くらいにしか思ってなかったのに、交流を重ねるうちにわたしはだんだんと彼に惹かれていった。


 彼はわたしを、一人の大人の女性として扱ってくれる。それがなによりうれしかった。

 そんなの当たり前のことなのかもしれないけど、劣等感の塊みたいなわたしは、そんな当たり前のことに胸がキュンとしてしまうのだ。


 彼と――緋路くんと恋人になりたい。

 だけど……失恋するのが怖くて、一歩を踏み出せない。


 自分に自信が持てないわたしは、どうしたって、最悪の結末を想像してしまう。

 きっと、またフラれるんだ。

 二つ目の失恋記念日が、心のカレンダーに真っ赤な油性ペンで刻まれちゃうんだ。


 一年後も。

 二年後も。

 三年後も。

 四年後も。


 思い出すたびに、苦しみ続けるんだ。


 もし……失恋したとしても。せめて毎年思い出さなくて済むような方法はないものか。

 いや、そんな都合のいい方法があるなら、今こうして悩んだりしていないだろう。


 、なんてものが、この世に存在するわけ――


「……あっ!?」


 わたしは慌ててスマホを取り出すと、スケジュール帳のアプリを開いて、カレンダーを確認した。

 やっぱり、そうだ……今年は。


うるう年、だ……」


 これなら、もしかすると。

 たとえ失恋したとしても、毎年のように思い出さなくて済むかも……。

 四年に一度しかない、閏年の閏日なら、きっと……!


「……2月29日を、新しい失恋記念日にしよう」



     * * *



 2月29日、当日、夜。

 バイトを終えたわたしと緋路くんは、絶妙な距離感を保ちつつも、駅までの道を並んで歩く。

 ビュンビュンと吹きつける真冬の夜風は、その勢いに反してどこか生ぬるく感じた。


 帰りの電車は、緋路くんとは別方向だ。

 人通りはそこそこあるけど……タイミングはもう、今しかない。


「……っ」


 駅に着くまであと少しというところで、わたしは意を決し、足を止める。


「めぐ先輩? どうかしたんですか?」


 わたしに合わせて足を止めた彼の顔を、じっと見あげる。……二秒で逸らす。


「ひっ、緋路くんに……お話が、あります」

「……? どうしたんですか、そんな改まって」


 わたしは大きく息を吸って、


「緋路くんのことが好きなんですっ、わたっ、わたしとお付き合いしてもらえませんかっ……!」


 視線は微妙に逸らしたまま、一息にそれだけ言った。それだけしか言えなかった。


 本当はもっと好きになった理由とか、思いの丈をつらつらと語ったほうがいいのかもしれないけど、恋愛経験値が極端に低いわたしには、ただ気持ちを伝えるだけの女子高生みたいな告白が精いっぱいだった。


「……めぐ先輩」


 ぽつりとわたしの名前を呼ぶ緋路くん。

 わたしはおそるおそる、緋路くんの顔を見た。

 意外と驚いていないようにも見えるし、戸惑っているようにも見える。


 その表情はどういう感情なの?

 脈アリ? 脈ナシ? どっち!? わからない!


 おそらくは緋路くんよりも混乱しているわたしに、緋路くんは訊いた。


「今日って確か、29日でしたよね?」

「……え、うん、そうだけど……?」


 って今それ重要!?

 告白の最中に日付の確認ってなに!? どういうことなの!?


「じゃあ、だめです」


 そして緋路くんは、あっさりとそう言った。


「…………え、えっ」


 ――じゃあ、だめです。それが緋路くんの返事。

 なにが「じゃあ」なの? 今日の日付がどうしたの?

 全然意味がわからない、わからないけど……フラれたということだけは、わかった。


 そっか。

 やっぱりわたし、フラれちゃったんだ。

 そうだよね、最初からフラれることばっかり考えて告白するような人間が、幸せになれるわけないよね。


 はぁ、でも今日が閏日でまだよかっ――


「あーっ! すみません! 違うんです! 言い方を間違えました!」

「……いいの、緋路くん。わたし、ちゃんと受け入れるから……」


 言い方がどうであろうと、フラれることには変わりないんだし。


「だから違うんです、めぐ先輩! まだ落ちこむのは早いですから!」


 緋路くんは珍しく焦ったような様子だった。


「落ちこむよっ! だってっ、ひっ、緋路くんがっ」

「ちょっ、泣きやんでください!」

「まだ泣いてないっ!」

「……とにかく落ち着いて、俺の話を聞いてください。ほら、今日って閏日じゃないですか?」

「……それが、ぐすっ、なにか」

「せっかくの記念日が四年に一度しかないなんて、そんなの寂しいじゃないですか?」

「…………えっと、ひっく、つまり」

「明日――3月1日に、改めて俺から、めぐ先輩に告白します」

「っ……!」


 緋路くんは困ったように笑って、頬をかいた。


「ほんとは俺から告白するつもりだったんですけどね。先越されちゃいました」

「ひっ、緋路くん……っ!」


 気がつくと、涙は引いていた。

 代わりにこみあげてきたそれは、人生ではじめて味わう種類の胸の高鳴りだった。


「緋路くん緋路くんっ、じゃあじゃあ、わたしたちっ……」

「だから、まだ気が早いですって。俺はこの先もめぐ先輩と、毎年記念日を祝いたいんですから、もう少しだけ我慢してください」

「うんっ、我慢するっ! 我慢するねっ!」

「先輩、なんか子どもみたいですよ?」

「わたし元からこんなだしっ」


 2月29日。閏日。

 今日はわたしの失恋記念日――にはならなかった。

 そして明日は、わたしたちの――。

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