読み手の身体を感情で満たす、うつくしい言葉たち

 この作品を読み終えた後、しばらく身動きがとれませんでした。感動が強くて、途方に暮れてしまったのです。涙は出ず、ただ、少しだけ笑顔だったと思います。

 本作は、主人公の美波さんが、凛ちゃんという物語大好きな女の子を家に預かることになった三日間の物語です。美波さんはかつて小説を書いていましたが、今はやめてしまっています。
 自分の中の思いを言葉にする。それはある意味では、子供の方が得意かもしれません。確かに大人の方が語彙や経験が豊富になりますが、しかし、大人になるとすべてを言葉にするわけにはいかなくなります。そして、言葉の裏に隠されたものを、子供の頃以上に探ろうとする。あるいはその逆で、自ら言葉の裏に思いを隠して、相手に見つけてもらおうとしすぎてしまうかもしれません。
 凛ちゃんは、まだ隠すことを知らない八歳の女の子です。
 ストレートな凛ちゃんの言葉に、美波さんは「ひゃっ」「おおーう」と何度も面食らいます。だからこそ、美波さんを縛っていたものはほどかれていきました。ですが、真に美波さんを前向きにさせたのは凛ちゃんだけの力ではありません。
 創ることをやめて、言葉にすることを諦めてしまった人でも、きっかけさえあれば取り戻せる。そしてそのきっかけは、美波さんや、私たち自身の中に眠っているのです。

 パールスケールの水槽を見て、そのうつくしさを言葉にする凛ちゃん。彼女に引っ張られたような美波さんの独白が印象的でした。書くのが苦しくなった時、この物語を思いだしたいです。

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