プレゼント

 連休明けの学校というのは睡魔との戦いの場だ。たかだか3日程度の休みでも夜更しを繰り返した結果、体内時計が狂ってしまうのだ。船を漕ぎながら必死で授業を耐えると、休み時間には机にうつ伏せて仮眠をとる。アタシはあっという間に夢の中にいた。

 そんな心地良い眠りの中、ふわりと髪を撫でられる感触、そして首筋をもぞもぞと指が這う。


(くすぐったいわね)


 誰よ、などという疑問はない。そんなことをするのは十中八九隣の席のキョウヤである。くすぐったいけれど案外気持ちがいいその指の感覚をうとうとしながら味わっていると、そのうちそれはアタシの腕を引っ張る動作に変わる。頭の下で枕になっているアタシの腕をキョウヤが強引に引き抜いた。

 ゴンと鈍い音を立ててアタシの額が固い机の天板に落ちる。


「何すんのよ!」


 さすがにこれは目が覚める。体勢はそのままに、首だけをキョウヤのいる左側に曲げて抗議する。


「あ、起こしちゃった?」


 アタシの左手を伸ばして引っ張りながらキョウヤは何の悪気もない顔で少し照れたように笑った。この純粋な顔を見てしまうと全て許してしまえる気になるのはなぜだろうか。いつもそう。キョウヤにイライラさせられることはしょっしゅうだけれど、そこに悪意など欠片もないことがわかってしまうから、怒りはすぐに霧散してしまう。むしろその無垢な子供のような純真さが可愛いとすら感じてしまうのだ。アタシは少しキョウヤに甘すぎるのかもしれない。


「そりゃ起きるでしょ。人の手で何する気よ?」

「あのね、ヒロにプレゼント」


 ウキウキと楽しそうにポケットから何かを取り出したキョウヤはそれをアタシの手の上に乗せるのかと思ったのだがそうではなく。

 薬指だけをつまんでそこにぎゅっとはめていく。一体何事かと体を起こし、アタシは自分の左手を見つめた。


「…指輪…?」

「おっ、サイズぴったりじゃん」


 銀色でスタイリッシュな幅広の指輪がアタシの左手薬指に納まっていた。


「ほら見て、俺とおそろ」


 得意げに隣に並べたヒロの指にも同じもの。


「俺もヒロも似たような体格だから同じサイズでいいかなと思ったんだ。俺天才~」

「いやいや、ちょっと待って、おバカさん。アタシはキョウちゃんの嫁になるつもりも彼氏になるつもりもないわよ」


 お揃いの指輪を左手の薬指に付けるような関係ではないのだ。こんなものをプレゼントされても困ってしまう。きっぱりとそう告げるとキョウヤは口を尖らせて残念そうな顔をする。


「ほんとーは、ただのお土産。休みにパリに旅行してきたんだ。かっこいいだろ?それ」

「もしかしてキョウちゃん、アタシこういうのわかんないけど高級品だったりする?」


 ちょっと温泉行ってきたんだ、みたいな口調でさらりとパリに行ってきたと言うキョウヤは、普段はそのおバカっぷりから忘れがちだが相当な金持ちの坊々なのだ。お土産のレベルも庶民的ではないかもしれない。そんなものをもらってしまっていいものか、庶民のアタシは尻込みしてしまう。


「まあ、ブランドものだけど、でもちゃんとお土産予算内だもん。他の人のお土産と値段は変わらないよ?」


 どうやら韮沢家のお土産は金額に決まった上限があるらしい。もしかしたら下限もあるのかもしれない。その値段がはたしていくらであるのかは怖くて聞けなかった。けれどキョウヤにとってそれが普通のお土産の感覚なのだ。自分だけが特別なわけではないという部分で納得するしかなさそうだ。


「薬指に指輪はめるのやってみたかっただけ。いいよ、どこの指にはめても」


 無邪気に笑うキョウヤのちょっとだけ寂しそうな顔を見るともうありがたく受け取るしかない。


「ありがと、キョウちゃん。アタシも今度どこか出かけたらお土産買ってくるわ。温泉まんじゅうレベルだけどね」

「うん。おまんじゅう好き」


 会話の芯からかなりずれたところでぱあっと目を輝かせるキョウヤが愛おしくて仕方がないのはどうしてだろうか。このおバカな生き物が可愛くて、どこまでも甘やかしてしまいたくなるのだ。


「しょうがないわね。今日はこのままにしておいてあげるわ」


 薬指に指輪が輝く左手で拳を作り、キョウヤの左手を軽く小突いた。


「やった!」


 アタシの手を捕まえたキョウヤは、俺今幸せですと大きく顔に書いたような緩んだ表情ですりすりとさする。嫌な予感しかしない。


「今日だけだからね。っていうか、そもそも学校に指輪とかしてきちゃダメでしょ」

「えっ、そうなの?つまんねー。せっかくおそろにしたのにー」


 キョウヤはすりすりしていたアタシの手をおもむろに口元へ運んだかと思うとそのままがぶりと噛み付く。もちろん痛いほどではないけれど。


「何してんのよ」

「なんかこう、キュンとしてイーッてなって、つい」


 擬音ばかりで何を表しているのかまったくわからないが、とにかく溢れ出る思いが抑えきれなかったということだろう。

 すっかり歯形がついてしまったアタシの指先にぶちゅっとキスをしてようやくキョウヤは手を離した。


「何なの、もう、あんたってほんとに…」


 学校の教室で男二人、いちゃつくにもほどがある。一体どれだけの人の目が今この瞬間こちらを向いているのか知らないが、振り返って確認する勇気はなかった。ため息を吐きながら両手で顔を覆い隠した。いろいろとあらぬ噂が流れそうで怖い。


「ヒロみたいな色男はアクセサリーが似合っていいなあ」


 空気を読まないおバカさんはのんびりとそんなことを呟いていた。

 時々羨ましい。

 ちょっとだけ。



<終> 

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