おまけ・猫と満月の多足な夜
にゃーん、にゃんにゃん。
ねえねえ、かかさん。あのにんげんたち、しんせつだったねえ。
そうね。でも親切でない人間もいるから、気を付けなさいね。
にゃーんにゃん。
あのにんげんたちも、たびをしていたねえ。おいらたちといっしょだね。
そうね。彼らはどこへゆくのかしらね。
どこだろねえ。おいらたちはどこへゆくの?
さあ、どこへゆこうかしらね。どこまでゆこうかしらね。
にゃーん、にゃんにゃん。
多足猫の親子は、満月の光に身を休める。にゃあにゃあひそひそと会話をしながら、長い尻尾を揺らめかせる。母猫の背で小さな虫たちが、薄い羽を震わせて鈴の音を奏でている。子猫は十二対ある脚のうち後ろ六対で立ち上がると、前脚ではっしと虫を押さえつけた。何重奏もあるうちのひとつの鈴の音が、ぱたりと途絶える。
狩りの成功に興奮する我が子を尻尾でなだめ、母猫は穏やかに月を見上げた。
あの人間たちはどこへゆくのだろう。私たちはどこへゆくのだろう。
多足の猫は、命ある限り旅を続けることを遺伝子に宿命づけられている。彼らもそうなのだろうか。ひとつところに留まらず、常に新しい土地を求めずにはいられない性分なのだろうか。それとも……本当は、どこかへ帰りたいのだろうか。
愛しい我が子は、背中で眠そうに喉を鳴らしている。
にゃーん、にゃんにゃん。
かかさん、あのにんげんたちに、またあいたいね。
寝ぼけながら、子猫が呟いた。そうね、と母猫は返事をする。きっとまた会えるわよ。その言葉は嘘でも、慰めでもない。どこへゆこうとも、人間であってもミトラであっても、最期に還りつく場所はそう変わりはしないだろう。長い長い生命の果てに、きっとまた会える。
にゃーん。
長く鳴いて、母猫も瞼を閉じた。今夜も風は穏やかで、眠りを妨げるものはなにもない。
完
零夜くんと多足猫 深見萩緒 @miscanthus_nogi
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