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民族解説【アランジャ族】※絵あり


 アランジャ族は、ゼーゲンガルト共和国の西端、イヴァナ平原(彼らがイグ・ムヮ=『我々の土地』と呼ぶ平原)に住む民族の名前です。
 ほとんどが遊牧を生業としていますが、ひとつ所に定住し、半農半牧の生活を営んでいるグループもあります。

 アランジャ族の支配地域はゼーゲンガルト共和国の国土内にあり、アランジャ自治区として自治を保障されています。
 ただし、定住と農耕を推奨されたり、ミトラ信仰の棄教を迫られたりと、多くのアランジャ族にとっては受け入れ難い要求をしばしば突きつけられているようです。


【社会】
 アランジャ族はいくつかの氏族に分かれており、最も権力を持っている氏族がスチェスカ氏です。
 アランジャ族の族長は必ずスチェスカ氏から選出され、スチェスカ氏の者は全てのアランジャ族の生命と財産に責任を負うことを義務付けられています。

 次いで影響力の強い氏族は、スチェスカ氏との血縁的関係が濃いハルナーン氏、武闘派のキルケリト氏、サムリヤ氏です。
 最も規模の小さな氏族はリフ氏で、サムリヤ氏から帰属を迫られていますが断り続けています。
 また、トルニャク氏は完全定住に移行し、アランジャ社会からの離脱を試みています。


 アランジャ族は緩やかな年功序列の存在する横社会で、夜は家族単位で、昼は「ツガ」と呼ばれる血縁によらないグループに分かれて生活しています。

 ツガは各人の持つイマジアの種類や特性により分けられており、遊牧に出かけるツガ、狩猟に出かけるツガ、政治を執り行うツガなど様々です。
 例えば狩猟ツガ(カヒ・ツガ)には弓や剣のイマジアを持つ者や、馬芸に秀でた者が振り分けられます。

 子守をするツガ(アテフ・ツガ)もあり、その構成員の多くは経産婦です。
 アランジャ族の子供たちは、昼間のうちはアテフ・ツガに集められて養育されます。子供たちが一定年齢に達すれば、それぞれ適したツガに配属されます。


【経済】
 遊牧を生業とする彼らは、動物の肉や毛皮を街へ持って行き、野菜や穀物と交換します。
 アランジャ族には陶器や糸を作り出すイマジアの持ち主が生まれやすく、そういったものの輸出も盛んです。

 また、アランジャの女性は殆ど全員が針仕事を身に付けており、彼女たちの手による染物や刺繍製品は、アランジャ族の特産品となっています。

 アランジャ社会にはゼーゲンガルト貨幣が浸透していますが、彼らが貨幣を完全に信頼しているかと言われるとそうではなく、あくまで交易のいち手段として使用しているだけのようです。

 遊牧民として広範囲を転々とする彼らは、財産を布製品や装飾品に替えて持ち運びます。そういった意味でも、貨幣は持ち運びに嵩張るためあまり好まれません。


 ゼーゲンガルトへの納税は貨幣で行なうよう定められていますが、一部特産品は現物を納めるよう指示されています。

 アランジャ族の布製品、特に染物は、アランジャ族の染物に特有の赤色が広く人気を博しており、イヨ国や遠く離れたカノヤ国でも、アラニヤ染め(アラニヤとは、アランジャの転訛した単語)として愛されています。

 ゼーゲンガルトにとって、アランジャ族製の布製品の輸出は、外貨獲得の貴重な手段のひとつなのです。


【文化】
 アランジャ刺繍には、アランジャの人々の持つ世界観や死生観、宗教観、歴史などが強く表れています。

 彼らを取り巻く山、川、空、風といった周辺環境、日々口にする食べ物、目にする動物(特にヤギや羊、ヤクトニプツェルと呼ばれる神獣)、ミトラなどは記号化、抽象化され、刺繍の図案となります。

 アランジャ族の人々はそれらを布に施すことにより、恵みへの感謝を表し、同時に魔除けとするのです。

 精神的な面を除いて考えても、襟元や袖、肩口、裾などに施された刺繍は衣服の補強としての役割を果たしており、大変合理的な文化といえます。


 また、アランジャ族の人々は歌と踊りを愛します。民族的に陽気で友好的な集団であり、他コミュニティからの来訪者(いわゆる余所者)を排除しない傾向にあります。

 本来の宴会好きに加え、後述の「循環思想」というアランジャ族特有の価値観もあり、旅人をよくもてなします。


【循環思想】
 イグ・ムヮに生まれたものはイグ・ムヮに還る、全ての生命も物質も同じ土地で巡り続けるという、アランジャ族に特有の考え方です。

 彼らが遊牧をしながら営地を移り換える時、去りゆく大地に酒や食べ物を溢します。これは、その土地で得られた恵みを土地へ還すという考えからです。

 円を描きながら巡る営みの中、イグ・ムヮを貫くように流れている川は、「循環の輪の中に外部の流れを持ち込み、内部のものを持ち去るもの」として神聖視されています。

 旅人もまた川と同様に、イグ・ムヮに新たなものを持ち込むものです。
 外より来たものに恵みを与えれば、外のものたちは恵みをもってイグ・ムヮを訪れるようになる。外のものに災いを与えれば、外から持ち込まれるものもまた災いである。そういった考えが、旅人を歓待する彼らの思想の根底に存在しています。


 循環思想を持つアランジャ族にとって、循環の外――つまりイグ・ムヮの外側で死ぬことは最も恐ろしいことです。山の向こうや海辺は循環の外であり、そこで死んだ者の魂はイグ・ムヮに還ることが出来ません。

 そこでアランジャの人々がイグ・ムヮの外で死期を悟ると、自分の一部(髪や爪、衣服や小刀など)を、故郷へ持ち帰ってくれるよう誰かに頼みます。

 それが叶わなければ、せめて名前だけでも持ち帰ってくれるよう頼みます。「アランジャ族、何々氏の何某が、何処其処で死んだらしい」……その報せだけでも持ち帰ることが出来れば、その者の魂はイグ・ムヮの循環へと還ることでしょう。


 イグ・ムヮの川はまた、循環内のものを外へ逃すためにも使われます。悪しきものや災いは、二度とここへ還らないよう祈りを捧げつつ、川へ流します。

 アランジャ社会で罪を犯し追放される者や、事情がありイグ・ムヮを永遠に去ろうとする者は、その髪を切って束にし、やはり川へと流します。
 そうすることにより循環の輪から外れ、その者は「外のもの」となるのです。


【教育】
 アランジャ族の子供の教育は、前述のアテフ・ツガにおいて行なわれます。遊牧や狩り、糸仕事などの生活に必須の作業を子供たちに手伝わせることによって、実践的な生活教育を施します。

 識字率は、全体的にそれほど高くはありません。例外としてスチェスカ氏は、政治や交渉に深く関わることが多いためか、文字や計算を教わる子供が多いようです。
 また、どの氏族にしろ交易を主とするツガ(バヤンメグ・ツガ)の構成員は、多くが比較的高度な教育を受けています。

 紙やインクは、それらを産出するミトラがイグ・ムヮに分布しているため、それほど貴重なものではありません。
 にもかかわらず識字率が低迷しているのは、紙に書いて記録するよりも、演舞や詩吟といった形で口伝により記録する方が、彼らの生活スタイルに適しているためでしょう。


【近縁民族】
 アランジャ族には、いくつかの近縁民族があります。
 遠い昔に岩場に定住し、現存のアランジャ族から分枝したと思われる民族『クヤ・ランラ族』や、さらに古代、神話の頃には同族であったとされる『ヤクトーニカ族』などです。

 これらの民族については、また本編で登場した際に解説したいと思います。


※イラストは、アランジャ刺繍の施された壁布

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