第6話

「ここですよ」

丘の上まで登りきった所に、

それは、

あった。

アルベルトは、少し後ろを歩くリーシャに優し声をかけた。


・・・輝いている・・・


太陽の光ではない。

もっと違う、

自身から、

煌めいている。


「後ろも見てください」

アルベルトが優しく微笑む。

頷き傍までいき、リーシャは同じように振り向いた。

眼前に広がる光景に息を飲んだ。


なんて・・・


胸が熱くなる。


なんて・・・どうして・・・そんなに・・・愛したの・・・?


ぎゅうと身体中が締め付けられ、頬に滴がつたってきた。

歩いてきた道を挟むように、たわわに実ったライムネの樹々。風が吹く度にきらきらと葉が踊るようにきらめき揺らす。


あら、あら、せいじょさまよ。

れーしゃさまよ。

ちがうわ。

ちがうわ。


頭に直接響いてくる。消えるような、小さく高く、なんて心地いい声。


だあれ?

だあれあなたは?


クスクスと笑いながらくすぐったくなるような優しい香りが包み込む。


ああ・・・愛されているのね・・・


ライムネの樹の妖精達は、楽しく笑いながら駆け回る。

「聖女は、ふらりとこの町にやって来て、町長に言いました。水がでる、と」

アルベルトは、目を細目、小さいながらも、はっきりした言葉で喋り出した。まるで、何かを思い出すような遠い目をしながらも、滲み出る誇りと、寂しさが入り交じった不思議な感情がとれた。

「聖女は毎日スコップをもち、掘りました。そうして夜になると、一軒、一軒家を回りながら声をかけたそうです。あの場所から、水が出ます少しでもいいので手伝ってください、と」


・・・うそ・・・よ・・・


とても、貧しい町があったの。皆が水が欲しくて掘ってたんだよ。


甦る妹のことば。

「この村はとても土が固く、また、海に近く、掘っても海水は出ても、水が出ることは希も希でした」


ちが・・・う・・・


みんな頑張ってたよ。


「誰も信じませんでした」

ゆっくりと首を降り、重たそうに下を向いた。


なかなか出てこないけど、て笑いながら皆が頑張ってたのよ。


・・・うそ・・・つき!


「それでも聖女は、毎日毎日スコップを持ち穴を掘っていました。毎日毎日、夜になると、一軒一軒回りながら声をかけました。真っ黒になりながら」


私が見てたら、あんたも手伝ってくれないか、て声をかけてくれたんだよ。


心底嬉しそうに教えてくれた。


・・・なんで・・・そう言ったじゃない!


「結局、水がでるまで、誰も手伝いませんでした。石を投げる者もいたそうです」


嘘つき!!!!!


溢れる涙、溢れる想い。


どうして・・・どうして・・・どうして・・・


いつも繰り返し想う気持ち。何故、そこまで、愛したのか。何故、そこで寄り添えたのか。

レーシャの気持ちが理解できないのは当たり前なのも分かっていた。同じ気持ちにも、同じ行動も、取れるわけがない。けれど、あんなに、あれほどに、幸せそうに、一生懸命に、教えてくれた、双子の妹。


ねえ、リーシャも一度来てみてよ。凄い育ったんだよライムネの樹。


自分の、腕を掴み瞳を輝かせ誘ってくれた


・・・それは、ここだったのだ・・・


「どうした・・・んですか?」

アルベルトがあまりに泣きじゃくるリーシャに狼狽し、そっと抱き締めた。


なかないで

なかないで


ライムネの樹々達が優しく飛び交う。

「そんなに泣かないでください」

小さい声で辛そうにアルベルトは声を出した。

「誰もが後悔した。水が出たときも、聖女がライムネの樹が育つと教えてれた時も・・・何故もっと早くその声に耳を傾けなかったのだろうかと」

リーシャを抱く腕に力が入った


せいじょにとてもにたひと。

なかないで。


優しくふわふわと涙を拭う。

「ライムネの樹を植え出したときには、聖女に皆が心を許していました。しかし、聖女はライムネの樹を植え終わる頃にはもういませんでした」


・・・?


レーシャは、凄い育った、と自分に教えてくれた。現に目の前に広がるライムネの樹々には妖精達が棲んでいる。妖精は愛された土地で、愛された樹々から、産まれる。それは、その土地を護り、その民を護る。

ここは、その加護が溢れている。


みにきたわ。

ちゃんときたわ、せいじよさまは。


クスクスとからかうように、安心させるように答える。


ああ・・・何故・・・そこまで・・・愛せるの・・・?


嗚咽がでる。

肩を揺らし泣きじゃくリーシャにアルベルトは優しく背中を撫でた。

「けれど、聖女は残してくれた・・・証を・・・。・・・聖女は恨んでいるでしょうね。だから、何も言わ」

「違うわ!!」


違う、違うわ!!


ぎゅっとアルベルトの服を掴み、顔を上げ何度もかぶりを振る。


レーシャはいつだって一所懸命で、いつだって、笑っていて、


「いつだってこの町を愛していたわ!」

唐突に泣きながら言われ、アルベルトは困惑を隠せなかった。

「・・・リーシャ・・・?」

「・・・レーシャは・・・・レーシャは、この町を愛していたわ。だってだって!!」

ライムネの実をライムネのお酒をいつも振る舞ってくれた。自分だけでなく、天にいる皆にも配ってくれた。

あの笑顔、あの雰囲気に偽りなどない。


そうして、ライムネの実はこの町から確かにもいできている!


「・・・そんなこと・・・言わないで・・・」


望んでないよ・・・そんな言葉 ・・・


涙で濡れたリーシャをアルベルトは、頭を軽く撫で、顔を自分の、胸に埋めさせた。

憂いに満ちた瞳にアルベルトは、己の疑問を飲み込み、仕方なさそうに溜め息をついた。

「どうしてあなたが聖女の名前を知っているのか、どうしてあなたがそこまで感情的になるのか不思議でたまりませんが、また、ゆっくり聞かせてください。」

あなたが泣くのが嫌です。

最後の言葉は、小さく消え入りそうに言い、リーシャを強く抱き締めた。



落ち着いてから、聞いた。


レーシャは・・・それからは、ここには来ていなかった・・・

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