第9話

「どうぞ、此方です」

アルベルトが、緊張の面持ちで、王女を先導する。

教会の中は選ばれた者だけが許され、恭しく膝をつき、王女一行を迎えた。

勿論、リーシャもいる。

王女は、頷き、ピアノの近くまで歩く。

そこには、隠される事なく、レーシャの肖像画が傷もなく、蓋に貼られていた。

ほう、と王女は憂いのため息をつき、小さく、確かに、と答えた。

その瞬間、アルベルトも、また、町の者の、安堵の息が、教会を埋め尽くした。


良かった・・・


リーシャは、胸が熱くなった。


あの後、アマハーナに雇われた賊は、天の光を浴び、良心が大きくなり、ペラペラと、次の日に来た王女の兵に包み隠さず暴露してくれ、万事問題なく終わった。

レーシャの肖像画は、勿論、綺麗に戻した。

少女の傷も治し、申し訳ないが、記憶は消した。

アルベルトは・・・その確固こたる瞳に、何故か、記憶を消すことを辞めた・・・


「議員の印をここに」

王女がゆっくり振り向くと、印が渡させ、アルベルトの胸につけられた。

おお!

と言う、歓喜極まった声が聞こえ、胸が熱くなった。


良かった・・・本当に・・・後は、頑張って・・・


「アルベルトよ。正式な式典は、王宮にて行われる。そのときまで、恙無く過ごしてください」

「はい」

緩慢な動きと共に、優雅にそう言うと、王女は、跪く皆の方を見た。


・・・目が・・・合った・・・


驚愕を隠さず、口を覆う。

先程の威厳ある姿から一変。余りに豹変した動揺に、側の従者が狼狽える。

王女の足が前に出る。


ゆっくり、と首を振った。


駄目よ。サーナ。


王女は、涙で濡れる顔を隠そうともせず、王女自ら、恭しく、頭を下げた。

ざわめきが、教会を包んだ。


馬鹿ね、もう王女なのに・・・


走馬灯のように思い出が駆け抜け、立派になった、サーナがとても、誇らしく見えた。



教会での、簡易な式典も然ることながら、王女が頭を下げたことに、町の皆が話に夢中だった。


何があったのか?

誰がいたのか?


と。

苦笑いしかでなかった。

さて、と思う。


そろそろ町を出て、次の聖女伝説を探さないとね。


「リーシャ」

背後から声が聞こえ、振り向いた。

「アルベルト」

「王女が、少し話をしたいと・・・」


だよね・・・


俯き、考える。

二度と会うつもりはなく、彼女の前から姿を消した。


・・・会いたい・・・て、思ったのは・・・自分も・・・か・・・


自嘲気味に笑い、でも、あのサーナの気高く、暖かみのある姿を見れて、心底安心した。


「・・・はい」

返事をし、後をついていった。


もう・・・本当にこれで会うことはない、それなら、これもまた、運命なんだろうな・・・


幾数十人者の兵が護衛された、豪奢なな馬車に、案内され中へと入る。


・・・懐かしい・・・昔乗ったな、これ。まだ・・・使ってるんだ


中に入ると従者は誰もおらず、二人の女性が、涙ながらに待っていた。

「レーシャ!」

「レーシャ様!」

かけより、腕を掴み、言葉はなくとも熱い思いが伝わってきた。

「久しぶりね、サーナに、ガリア」

大泣きする二人の名をゆっくり呼び、微笑んだ。

「本当に、本当に・・・レーシャなのね」

嗚咽に言葉を詰めながら、サーナ、ナンサリア王女は、嬉しそうに顔を上げた。

「そうよ。泣き虫は変わってないわね。もう、こんなに立派な王女になったのに」

リーシャの言葉に、びくりと、体を震わせ、困惑の面持ちで見つめた。

「ナンサリア。貴女はとても立派な王女になったわ。頑張ったわね」

その言葉を聞くと、ナンサリアは、ますます声だし泣き崩れた。

「ナンサリア・・・王女・・・!」

ガリアが、うずくまり泣きじゃくるナンサリア背中を、優しく撫でた。

「・・・良かったですね・・・!本当に・・・!!」

ガリアは、幼少の頃からナンサリアの側にいた。

リーシャが、知り得る懐かしい顔だ。


本当に懐かしい・・・そして・・・こんなに時間は過ぎたんだ・・・

二人の年老いた姿をみて、己の何も変わらない姿が、少し、胸が痛かった。


ひとしきり泣いた後、椅子に座り、話をした。

「リーシャ・・・あの絵は・・・あれが探している妹なの?」

赤く目を腫らせながらも、真っ直ぐに見るのは、昔から、変わっていない。

「そうよ」

「城にある貴女の肖像画と同じだけれど、同じでなはいと思ったから・・・」

「・・・姿は、同じよ。中身が違う・・・」


入れ替わった

レーシャ

リーシャ


聖女伝説の姿は、今、己が持つものと同じ。

「初めてみたわ。もう一人の聖女を」

くすりと笑った。

「違うわ。あの絵が本物の聖女なのよ。私は、」

「違うわ!私にとっては、リーシャ、貴方が聖女なの。貴女がいなければ、私は、今の私にはなっていなかった!」

言葉を遮り、揺るぎない強さを秘めた瞳と、迷いのない言葉ではっきりと言った。

「そうですよ、リーシャ様。貴女様がおられたおかけで、あんなに我が儘だった姫様が、こんなに立派になられて。本当に・・・リーシャ様から、立派な王女に、と・・・その言葉の為だけに、必死に努力をされてきたのですから」


ああ・・・


胸が苦しくて、熱くて・・・なんて、幸せなんだろう・・・


「・・・私こそ・・・ありがとう・・・出会えて良かった・・・。少しでも、役に立ったのであれば・・・」


それでいい。


自分こそ、不安だった。

約束し、城に上がったものの、全てを押し付けてしまってはなかったのか、と。


でも・・・良かった・・・


「レーシャ、城に来ない?もう、あと二人しか貴女を知るものはいないけれど、また、昔のように話したいわ」

目を輝かる。

その無邪気な瞳と、輝きは幼い頃のサーナと変わってはいない。

ゆっくりと頭を振る。

「サーナ。約束は違えないわ。次に城に上がるときは、約束の時だけ。今はその時でなはい」

はっと思い出すようにしたが、俯き、そうね、と寂しそうに言う。

「・・・城に上がることがないようにしないといけないのにね・・・」

「サーナ、ガリア。会えて良かったわ。最後まで、国を良き方向へと、導いていくのです・・・もう行くわ・・・。大丈夫、サーナ、今の貴女なら・・・」

すっと立ち上がったリーシャを、もう二人は止めることはしなかった。

自然に、二人はレーシャ頭を垂れた。

それを確認し、レーシャは、馬車をでた。




少し歩くと、アルベルトが、小さく声を出した。

同じく馬車に乗っていたものの、当たり前だか、茅の外だった。

「貴女は・・・誰なのですか・・・?」

「・・・私は聖女の姉・・・レーシャ・・・けれど、いつの間にか、リーシャと姿が変わり・・・聖女の姿になってしまった・・・本当の姿は、金の髪に、金の瞳。私は・・・私の前からいなくなった、リーシャを探して旅をしている。本当の姿を取り戻すために・・・そして・・・リーシャが、何故、私の前から姿を消したかを知りたくて・・・」

「ナンサリア王女の聖女とは・・・貴女のことなですね・・・」

「・・・ええ。昔、約束したことがあるの。王になる者が、道を外し、国を疎かにするとき、その者を有るべき道へと導いてほしい、と。サーナは、少し我が儘で、民の事を全く考えていなかった」

懐かしい思い出ばかりが、浮かぶ。

「少しだけ・・・・本の少しだけ、手助けしただけよ・・・」


・・・?・・・私は・・・レーシャと同じ事を・・・言ってる・・・?


「レーシャ?」

急に困惑の顔で俯いたリーシャに不思議そうに名を呼ぶ。

「でも・・・サーナが、立派になったのは自信が努力したからよ。・・・私が城に上がるときは、また・・・我が儘な王が・・・出てきたとき・・・」

懐かしそうに、空を見る。


ほんとに・・・いつまでこんなことさせるの・・・嫌な約束したものだわ・・・


くすりと、仕方なさそうに、優しく微笑んだ。

「リーシャ・・・一つ聞きたいのですが・・・、貴方が・・・貴方が・・・この国の・・・聖女降臨の・・・!」

ゆっくりと、柔らかく微笑みながら無言で首を振った。

「もう行くわ、アルベルト。あの絵には、傷ができないように施したわ。・・・ライムネの発展を心から応援しているわ」

何か言おうとしたアルベルトの顔を、横目で見ながら、荷物を持ち、歩き出した。

「早く・・・早く・・・妹さんが見つかるといいですね!」

背後から、アルベルトの声が聞こえた・・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貴方が残したのか・・・私が残したのか・・・ ライムネ編 さち姫 @tohiyufa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ