第2話

さてと。

ドアの前でふうと大きな溜息が出た。

毎回ながら躊躇をしてしまう。

マントを左腕にかけ、カバンを右手に持ち・・・また溜息。


人間てめんどうだなあ・・・

見かけで判断するんだよなあ。悪い人はいなんだけど・・・

う------ん・・・


ドアの前に立ちノブに手をかける。

また、ため息が出た。

大きな声がドアの向こうから聞こえてくる。

これもいつも一緒だなあ。


よしっ!


きゅっと唇を閉め、思い切って、

ガチャ。

開けたとたん、これもいつもと一緒。鼻につくお酒の匂い、大声。

むさくるしい男ども。


あれ?


ぴくぴくと鼻が動く。

いつもと違う。これはっ!!

バタンとすぐ閉める。

途端、ぐううううう、と大きくおなかが鳴ったが、大声の店の中では聞こえるわけがない。


どれ!!

この匂い、絶対おいしいやつだ!。


きょろきょろと周りを回す。

入ってまっすぐに通路があり、真正面にカウンターがみえた。通路を挟むようにテーブルが左右にそれぞれに6つぐらいある。

結構大きな酒場だった。おそらく、町の規模的に酒場はここしかないのだろう。

リーシェが入った瞬間、あんなに騒然としていた店の中が葬式のような静けさに、刹那、という言葉がぴったりのぐらい、音がなくなった。


ん??


周りを見回すと(さっきまでテーブルの上に乗っているのをみていた)、薄暗い店の中の男どもがすべて、リーシェを見ていた。

ここは分かるように酒場なのだ。

この世界では、酒場に来るのは、男性と決まっているようで、女性が来るのは稀。

来たとしても、修羅場をくぐってきた貫禄ある女性が、定番だった。

なので、リーシャのような可憐な少女がくるには、明らかに場違いであった。

だが経験上この場所が最も最適だ、と知っている。


風説

内密

伝説


すべてが、この場で囁かれ、消えていく。

その者の肩書きも生まれも関係なく、ここでは誰もが対等になる。

そうして、漏れてくる、秘密。

それは、人の口から口へ、まるで、語り部のように継がれて、消えていく。

すべてが、真実ではないことも知っている。何度も徒労に終わったこともあった。

けれど、ここが、一番近道だということも、知っていた。

己が知り得る情報がこの場で最も確率高く知り得、そうして、次の道が導かれる。

そうして。もうひとつ。


ぐるるるるるるう。

・・・お腹すいた・・・


体は正直だ。ここには、他にない美味しいものがあるのだ!

それも、ここで知り得たこと。


みえた!


そう、体は正直だ。


美味しいやつを、見つけた!


二つ奥のテーブルに乗っている赤いソースがかかっているお皿。

口許が緩み、前をみる。真っ直ぐに進むとカウンターが見え、店主らしき男性が皿を拭いていた。

もう、何故静寂になっているかなんて、痛いほどの視線が自分に向かっているかなんて、どうでもよかった。


ごはん!!


一歩進んだ直後、前が塞がった。

汚れがよくわかる服を着た、大男が片手にビヤーという酒の入った大きい入れ物を持ち、赤ら顔の大男が、

「お嬢ちゃんどうしたんだい」

軽くろれつがまわった口調でにたにた笑いながら小馬鹿にするように見下ろしていた。


またか!


ギリと、上目遣いに睨んだが薄暗い中では、全く意味がない。

「大丈夫ですよ。自分で出来ますので」

にっこり笑って、左にすっとよけた。


邪魔だよ!


前に足を出そうとしたら、また、塞がった。

ふうと、溜め息をついた。


やっぱりかあ。


見上げると、ニヤニヤと可笑しそうに笑う赤ら顔の男。

店の空気も、かわり、面白がって口笛吹く者もいるし、冷やかしの声を上げるのも聴こる。


これもどこ行っても、いつも同じだ!


「なんだったら話を」


そうう言って肩に手を置こうとしたした瞬間、左手に持っていたマントを、ちょうどお互いの顔が隠れるように振り上げた。


話なんかない!


途端に不安げによろめくのが見えた。

リーシャは軽く体を捻り左足で男の腹を蹴り上げ、すかさず男が持っているジョッキを受け取り後ろに2歩下がった。

「ぐっ」

呻き声とともに、ただでさえおぼつかない足がよたつき、尻餅をついた。ちょうど脚がリーシャに当たる寸前だった。


ふん。


落ちてくるマントをとり左腕にはさんだ。鞄も忘れずに左手にもち、迷わず奥から2つ目のテーブルに向かった。

テーブルにはこちらも強面の男が2人座っていたが、怪訝な面持ちでリーシャを見上げていた

「お連れさんの飲み物渡してあげてください」

微笑んで、ジョッキをおき、すっと左に動いたと同時に、急に暗くなったからと思うと、

ガッシャーン、バリバリ!!

テーブルに突っ込んできた男が、ほとんど落としてしまった。

先ほどやられた男だ。

追いかけて捕まえようとしたのだろうが、避けられ、この結果ということだ。

ガッ。

突っ伏す男の首を掴んだ。当然テーブルに突っ伏しているので動けなくなった。ここは容赦なく力をいれる。

「はっ、なっっっ、せっ!」

じたばたと両手両足を無駄にばたつかせる男。

つまり屈強な男が逃げれないほどの力を与えれ、冷静に笑みを浮かべるリーシャを見て、明らかに連れの男も、回りの空気も引いていくのがわかったの。

「残念です。せっかく飲み物渡したのにこぼれてしまいましたねえ」


邪魔するな!


静かになった店内で優しい声は何とも気持ち悪く響いた。


ただでさえ空腹で苛つき気味の上に・・・


いや、空腹で機嫌が最悪に悪いのだ!!

ぐっとまた、力が入る。

「っっっっう!」

男のくぐもったうめきが出る。

もはや異様な空気が漂っていた。誰もが手だしができず、かといって、このままでは男の身が危うい。

「それぐらいで許してあげてくれんか?嬢ちゃん」

奥から方仕方なさそうにたしなめる、老人の声がその場の琴線を切った。

「もう誰もあんたに手を出そうと思うものはおらんわ」

馬鹿にするでわけでははなく、揶揄するわけではなく達観している物言いだった


ん?


怪訝に首をかしげたが、お陰で冷静さを取り戻すことができた。

ふううと、深呼吸を一つして、ゆっくりと状況を確認した。

確かに首を捕まれた男は諦めたように動きがなくなり、連れの2人も散らかった食べ物をちらちらリーシャをおどおどと見ながら片付け出した。

老人はとんとんと軽く机を叩く音が店の中に響かせ、手招きが見えた。

こい、と言っているのがわかるのと、これ以上騒ぎを起こせば店に迷惑がかかる。

やり過ぎたと、理解できた。

まあ、これ以上後々の自分の立場も悪くなる可能性があるから、潮どきだろう。


ぐるるるるるる。

それに、お腹すいたし・・・。


もうそっちが大きかった。

たださえ、美味しい臭いが漂う店で苛々しているのに、こんな無駄な時間とらせれ腹が立っているのに。


ぐるるるるるる!!

ダメだ。もう、限界・・・・


こくん、と頷きリーシャは掴んでいた手をなはした。

すぐさま男はテーブルを離れ、まるで逃げるようにお連れ様の後ろに隠れた。


やり過ぎたかな?ごめんね


と苦笑いをして奥のテーブルまでふらふら歩く。

小ぢんまりとしたカウンターには席が5つしかなく、老人は奥から2つめの席を指差した。

小さく頷き席に座った。

やっとやっと、あの、赤いのが食べれる!

顔が緩み体を前にのりだし注文する。

「あの、赤い」

「この嬢ちゃんにたらふくの飲ませてあげとくれ!」

音声が、言葉を被せる。


はっ?

飲む?


豆鉄砲を食らう、とはこの事だろう。

満面の笑みで老人は大声を響かせ、リーシャに向かって軽くウインクまでしてきた。


なんだとおおおおお!!??


「充分面白いもん見せてくれんだから」


違う!!


お腹すいてるんだけど!!!


「あの、赤い・・・」


立ち上がり言い


「嬢ちゃんこれ飲め!」


はっ?


振り向き様に、目の前にまたまた違う屈強な男が立ちはだかり、今度はこれまた満面の笑顔で、ビアーが突き付けてきた。

いや、この場合突きつけて、は大変失礼だろうが、リーシャにとっては余計なことだった。

「いや、私・・・」

「ほれっ」

ぐい、とわざわざリーシャ右手に握らせた。

何がなんだかわからないまま、どんどん人だかりが増えていく。

皆、色んな種類の飲み物が握られていた。

次は俺のだ、次は俺だ、何が飲みたい、と皆が楽しそうにおかしそうに話しかけ、断れる空気ではなかった。


なんで????


頭がぐるぐると、

お腹が、ぐるるるるるると、

何がなんだかわからなまま、

結局、飲むしかなく。


なんでよ!!!!!


やけくそともとれる、いや、やけくそなのだが、とりあえず早く終わらせないと、食べれない!

次から次に、あれよあれよと、渡され飲み、勿論ここは力を使い酔うこともないので、やんややんやとたてはやされ、結局顔色ひとつ変えずに飲み干していく。


おお!!!!


最後の飲み物を飲み干し、ガンと、グラスをカウンターに置くと、大歓声が上がった。


終わった?終わった?


キョロキョロと確認し、軽く手を降ると、なんだなんだと、しゃべっていたが(何を言ってるのかさっぱりわからない)

「ごちそうさまでした。ありがとうございます」

にっこり笑うと、満足そうに散らばっていった。


やっと終わったあああ。


ぐったりと椅子にやっと座った。

「赤いのを!!」

すぐさまカウンター越しの老人に声をかけた。

あれ、あれを、と指差した。

その剣幕に老人は、驚いたように目を開いたが、すぐにがははと、笑った。

「あれか、よく分かったな。ここの名物、シーザーの、トマトソース。すぐ作るから、飲みもんは?」

上機嫌に聞いてくるが、たらふく呑みましたが、とげんなりと、思ったが、

「棚の2段目の、左から4本目の貰える?」

余りの細かい希望に、眉間に皺を寄せながら、希望の瓶を取る。

確かに、これは、ここの名物だが、暗がりのなか、どうしてこれが見えたのか?怪訝気にとる。

「水で割るか?そのままか?」

「そのままで」

頷きグラスに注いでだしてくれた。

グラスを持つと、薫りが優しく、でも、華やかに鼻をくすぐる。

一口飲むと、ふわりと口のなかに柑橘系の甘酸っぱさが、爽やかにひろがった。


やっぱり、これだ・・・


もう一口のむ。


懐かしい・・・


昔はよく妹が持ってきてくれて、注いでくれたのを思い出す。

ライムネの樹のお酒。

暫く呑んでいない。


否。

・・・呑めない


「お嬢ちゃん、あんた何しにここに来た?」

思い出に耽ろうと、グラスに入った氷を見つめ、情緒的になっていたところを、胡散臭げに声をかけた。

そうだ、と思い出す。

グラスをテーブルにおき、真っ直ぐ見つめる。

「聖女伝説を知りたいの。ここに残る、ライムネの樹の聖女のことを!」

真摯な瞳で聞いたそれに、ぎくりと顔を強張らせる。


知ってる!


鼓動が高くなる。


ライムネの発祥の地と、聖女の逸話。


その二つが重なったとき、それは、本物だと確信を持ちここにきた。

でも、一筋の不安はあったが、この顔で得心を得た。

「教えてください。せ」

「やめろ!!」

目線が自分を超え背後に言葉をかけたのを、


何!


と思う間に、

ガン!!!

頭に強い衝撃がはしった。


・・・しまった・・・


薄れ行く意識の中で、同じ顔が浮かんだ。

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