第5話

小綺麗に身を整え、食堂に向かうと、いい香りが何も鼻をくすぐる。


ぐるるるるるるるる。

やっとご飯にありつける。


ふらふらと引き込まれるように入ると、テーブルにきらびやかな(リーシャにはそう見えている)食事が、並んでいた。

「さ、どうぞ」

椅子をひき、アルベルトが優しく声をかける。

「ありがとうございます」

食べていい?

待った方がいい?

ちらっとアルベルトを見ると、可笑しそうに笑われた。

「どうぞ」

「はいっ!頂きます」

卵、スープ、サラダ、とりあえず、皿に乗せれるものを乗せ、まずはスープを啜る。


美味しい・・・


空腹のお腹に染み込む。

一度、口にすると止まらない。

「リーシャさん。パンがや・・・」

ガナラがにこやかに焼きたてのパンを差し出したが、固まった。

口一杯に頬張り、皿には山盛りの料理を前におき、モグモグと食べるリーシャ。


焼きたてのパン!


目を輝かせ、開いている皿を差し出した。

本来なら食べれる量を皿に少しずつ盛る。

空になってから、また、入れる。

ましてや、女性となれば、少しずつ口に入れ、優雅に食すのが、常。

モグモグしながら、


あれ、パンは?


首を傾げる。

ガナラは顔をひきつらせながら、パンを皿にのせ、ジャムを差し出した。

とても綺麗な色だった。

ふう、と口のなかを食べ終わり、水を飲み落ち着く。

「これは?」

「ライムネのジャムですよ。それと」

ガナラが、アルベルトに渡す。

「これが、ライムネの果汁の飲み物です」

お酒と同じ色だが、もっと澄んで煌めいていた。

「綺麗・・・」

「どうぞ」

果汁をグラスに注ぎ渡す。

こくりと飲むと、爽やかな酸味と甘味が喉を通る。

口のなかが息吹きを感じた。


愛されてる・・・このライムネは・・・


「美味しいです・・・」

「さ、パンも。冷めたら固くなりますから」

「はい」

ジャムを塗り口に入れると、また、違う酸味と甘味が口に広がった。

少し、酸味が強い

けれど、それがいい。

パンにいくら塗っても、重たくない。

「美味しい・・・あの、おかわりを」

皿を差し出しす。

何故か、渋い顔をされた。

「出来たら・・・それ、全部・・・」

アルベルトは大爆笑し、ガナラは、躾がなってません!

と喚きながら、皿にパンを全部乗せてくれた。


躾てなに?


と不思議に思いながら、手と口は忙しく動いていた。



お腹一杯。

満足


ご満悦の笑みを浮かべ、口を拭きリーシャは、空になった食器を重ねていくガラナをご苦労様です、と労うが、不承不承の顔でリーシャを睨みながら、片付けをするのに、また、疑問符だった。

まあ、そうだろう。

テーブルには本来、男性二人でも、残る量が並んでいた。それを平らげたのだ。勿論アルベルトも、食べたが、アルベルトは、リーシャの猛烈な食べっぷりに面白がり、腹が満たされるようにと控えた。


まさか、本当に全部食べるとは・・・


驚きよりも、リーシャの満足気の顔が見ててほほえましかった。

そしてガラナにしては、主人であるアルベルトが、控えているのを目前にして、気分が言い訳がない。

そしてリーシャにとっては、


確かに美味!


どれも絶妙な味加減。見た目も、重視され、下手な宿屋よりも格段美味しかった。

それぞれの思惑?

が、たかが朝食でく広げられていた。

「何か飲みますか?コーヒー?紅茶?」

「先ほどのライムネの果汁を下さい」

即答に、二人は、頷く。

リーシャにはライムネをアルベルトは、珈琲をガラナは淹れた。

一気に飲み干し、おかわり、とガラナを見ると、また、睨まれ、


何故?


と首を傾げた。

「あ、そうだ。出来たら、それおいといて貰えませんか?」

果汁が入った入れ物を要求すると、また、躾がなってません、と怒鳴られ、凄い勢いで、目の前に置かれた。

笑いを堪えているアルベルトを、前に、何が可笑しいのかさっぱり分からず、グラスに注いだ。

ぐびぐびと、飲み干すリーシャに、流石に苦笑いしながらアルベルトは声をかけた。

「リーシャ。とても美味しく飲んでいるところを心苦しいのですが、話をしてもいいですか?」

「いつでも。すみません、おかわりもらえますか?」

果樹の入った入れ物をすべて飲みほし、それをまた、催促する。

「どれだけ飲むんですか!?」

怒られた。

「・・・じゃあ・・・珈琲・・・」

「一緒です!」


何故?

ライムネと珈琲は違うけど・・・

・・・人間て難しいなあ・・・


また首をかしげ、空になったグラスを見つめた。


美味。


一言だ。

レーシャたらこんなに色々あるんなら持ってきてくれたら良かったのに。

お酒ばかりだった。


思い馳せる記憶に、鮮やかに浮かぶ優しくて、綺麗な双子の妹。


ああ・・・


と得心いく。

あの頃は、まだ、存在しなかった・・・か・・・


もう・・・300年も前の話し・・・


神妙な面持ちに、勘違いをしたようで、

「ガナラ。もう少し出してあげて下さい」

アルベルトが見かねて、優しく声をかけた。

「・・・ありがとうございます・・・」

味わって飲まないとね。次はいつ飲めるか・・・

気持ちと裏腹に、身体は正直で、勿論、ぐびぐびのみ、


はっ!!!!


と気づくと、グラス一杯分しか残っていなかった・・・

「リーシャ・・・そろそろ話をしましょうか?」

項垂れるリーシャを苦笑いしながら、どこで声をかけていいのか思案しながらも、拉致があかないと、声をまた、かけた。

「すみません・・・あんまりにも美味しくて・・・」

「それは、嬉しいことですね。このライムネの果実を使って、この町の名産にし、発展を目指しているので」

身体をのりだし、目を輝かせる。

ちくり、と不安がよぎった。

産業が進み発展すればするほど、町の資産は潤うが、なにかを得れば、なにかを失う。

その犠牲が補える範囲ならばいいが・・・

些細なことで全てを失うことをある。

何時も選択肢は、多岐にわたり、人間を惑わし、冷静な思考を奪う。

「その為に、議員にならなければならないんです」

珈琲を飲み、静かに、強く言った。

「議員?」

「知らないんですか?」

心底驚いたように、リーシャを食い入るように見る。

「すみません。旅をしているので、余り詳しくなくて・・・」

「なるほど。では、貴方は何故、聖女を探しているですか?」

核心を聞いてくる。

目の前に座るアルベルトは、真っ直ぐに睨むように見つめる。

その瞳に嘘を見抜くような、煌めく光が見えた。

「人を、探しているんです・・・とても大事な人を。その人は、聖女が好きだった。だから、聖女の伝説がある町に行けば探せるかもと思って旅をしているんです」

嘘ではない。


聖女そのものは

妹、レーシャ


人間がとかく好きで、様子をよく見に降りていた。

特に、一度己が関わった地には、幾度も脚を運び、様子を教えてくれた。


だから、確認しなければ。


「ライムネの樹の最初に植えられた場所に行きたいんです」


そこにいけば、教えてもらえる。


「解りました。あとで案内しましょう」

「ありがとうございます。それで、議員の選挙と聖女の関係はなんですか?」


聖女を捕まえるの?


まさかね。何百年も昔の話なのに。

「この国の、聖女降臨、の逸話を を御存じですか!?」

身体を乗りだし、子供のように、瞳を輝かせる。


ああ・・・


苦笑いしか出なかった。

「大丈夫です。この国に来てから、色んな方に聞かせてもらいました」

耳にタコが出きるくらい。

「詳しく聞かれました?」

話したくて仕方ない、という面持ちで嬉しそうに笑みを浮かべ聞いてくる。

「・・・大丈夫です。聞きました」

「そうですか・・・残念ですね。まあ、御存じなら話は早いですが・・・」

残念極まりないと、肩を落とた。


いやいや、結構長いから。

それまた全部聞いたら、疲れるよ。


「じゃあ簡単にお話しますね」

まだ、諦められないらしく、幾度も素振りを見せるが、首を振った。

「聖女がこの国を救って二百年が経ちます。この町に現れて百年後になりますね」

得意気に言う。

なんだか微笑ましかった。なんとなく気持ちは解る。国を助けた聖女が、己の町に先に現れた。


優越感?

精選された?


どっちでもいい。些細なことで、人は前を向

ける。

暖かい気持ちを、誰かと共有すると、強固な気持ちを手に入れる。

もともと聖女、レーシャは、この人間界に降り立ったのも数少ない。

自分が聞いてるだけだと、百もないだろう。

ましてや、同じ国には、多くても三ヶ所程だろう。

それも、広大な土地を有する国の話だ。

人間は、短い時間の中に幾つもの想いを感じていく。

同じことをしても、歳が重ねれば、また、違う想いを感じ、違う答えを出す。


経験と言う。


それは、時が止まるのを知っているから。


私には・・・わからない・・・

永遠が・・・約束されている・・・


何故・・・


いつも、思う。


何故・・・人間は・・・こんなに必死なの・・・?


見ていて、とても胸が暖かくなる。

羨ましくなる。

「聖女に助けてもらった王の子孫である、今のナンサリア王女、御歳七十五才、そして貴重な聖女と会遇した稀有な御方です」

興奮に顔を赤らめ声が大きくなる。

それも何度も聞いた。

「その王女が、今回の議員には、聖女に纏わる証があるのであれば、無条件に

選定すると、御触れを出したのです」

「なるほど。だから、この町が議員候補に名乗りをあげたのですね」

「私が、名乗り出ました」

「でも・・・それは・・・この町の人からの反対はなかったのですか?」

「・・・ありました」

「でしょうね。旅をしていて、聖女の存在はとても崇拝されていて、表だってどこも出したがらなかった。どちらかと言うと、秘匿されている。公にすることを嫌がるのに、あえて公然するほどに議員になりたいんですか?」

別段、責めるつもりは毛頭ない。

この答えが出るまでに、幾度も討論しただろう。

そんなことをむしかえしたい訳ではない。

でも、そこまで揺り動かした心中を知りたかった。

「勿論です。先ほど話したように、ライムネをもっと広め、この町を発展させていきたいんです。ライムネを使った酒や果実は、他の街でもあり食したことがありますが、どれも比べ物にならないほど落ちたものでした。議員になれば、議員の町は優先的に扱われます。このままではこの町は衰退していきます。大きな街から、二日もかけてわざわざ誰が来るでしょう?・・・そのせいで、若者はこの町はを出てしまいます。職もありませんからね。でも、この町が、もっと発展し、潤えば、この町はもっと大きくなり、若者も職があるのです!」

何て、重たくて、熱い、気持ちなんだろう、と胸が締め付けられた。

知らず笑みが漏れてくる。


頑張って!


と突いてでそうだった。


繁栄を求める者

現状維持を求める者


どちらが衰退を辿るのか・・・

人間の心はいつも硝子の様に透明で、それでいて、とても強固で、それでいて・・・脆い・・・。

強固になり得たときの、迸る煌めき。

いつも知りたいのに、知っても、理解が出来ない。

その度にレーシゃは何故、寄り添え、聖女になれたのか、解らなかった。


だって・・・何時も、皆は瞳を輝かせ、貴方を誇りに語らう。


どれだけ、光になり、導いているのか、教えてくれる。


「ですが、議員にはこれまで決められた者で、順番に回していた傾向があります。議員選挙は5年に一度。勿論、そのための選挙資金も莫大で、一般市民には到底払えることも出来ませんし、立候補しても、票がとれることもありません。その為、地位と財産があるものが、だいたい貴族が順番に立候補していました」

なるほどね。

「今回議員に指名されるはずの貴族、アマハーナに頼まれた者が、嫌がらせをしてくるようになりました。かなり、悪質になってきました。つい一昨日、町の者が怪我を負いました。・・・そのせいで町の者が不穏な空気になっていたんです」

「つまり、今回議員になるはずだったアマハーナが邪魔してきている。それに、私が間違えられ、殴られ、あの!食べたかった、食べ物が食べれなかったのね!!」

すっくと立ち上がり、バン!と机を叩いた。

思い出すだけでも腹立たしい!


注文までしたのに!!


また、食べ物ですか・・・?

と、アルベルトが苦笑いしたのは、言うまでもない。

「リーシャ?何が食べたかったのですか?」

なんだか聞いておかないと、後々とても五月蝿そうで、それより、殴られ、と言うところに、申し訳なさも感じのも確かだ。

「シーザーのトマトソース!!」

これ、こういう感じで、ああなって。

身振り手振りで説明が、とても可愛らしく、

「分かりました。夜に準備してもらいます。あれは確かにね食べておかないと」

「やった!!!!」

満面の笑みに、アルベルトは、ほっとした。

どうも食べ物に関しては、細かい人だな、とまた、天の者が見たら卒倒しそうだった。


じゃあ殴ったのは許してあげよう。美味しくなかったら、許すのはやめよう。


椅子に座り直した。

おかしな流れになっている。

「ありがとうございます。夜を楽しみにしてます。それで?議員選挙はいつ決まるんですか?」

「来月です。しかし・・・」

先程の穏和な顔から一変、真顔になった。 

「三日後、王女自ら証の傍証に町へ来られます」

ああ、と思った。

「それまで排除しよう・・・・てことですか・・・」

「そうです。私に撤回させるか、証を見せるか、と迫ってきました。」

「証を見せる?」

怪訝げに眉を寄せる。

「明白ですね。見せたあと、どうするか」

吐き捨てるように、苛立たしげに言う。

「・・・最低・・・!」

「大丈夫てす。見せていませんし、町の者も限られた者しか知りません。王に見せたあと、また、違う場所に隠す予定です」

「三日後に・・・王女・・・私もそこまでいてもいいですか?折角なので、遠くからでも見てみたいので」

少し確めたい。


ナンサリア王女・・・多分・・・


「構いませんよ。それまでここにいたらいいです。では、ライムネの始めの樹の元へ行きましょうか?」

「お願いします」

身支度を調え、出ると暖かい日差しが心地よかった。

今の季節は、春だと言ってた。

四季折々飽きることなく、旅ができる。

出逢う人間も、楽しいが、妖精や、動物たちさえも、季節で姿を変える。

季節ごとに芽吹く植物によって、妖精の動きも違う。

その度に、心踊る。

だから、楽しい。

「その・・・大切な方は、恋人ですか?」

歩きながら、アルベルトが思いきったようにに質問してきた。

「いいえ、双子の妹です」

即答。

「妹さんが姿を消したんですね・・・それは、御両親はさぞ不安でしょう。その上、貴方まで度に出てしまって、寂しいでしょうね」

「ごりょう、しん、?」


ん?


聞いた言葉。


ごりょうしん?

ご、りょうしん?

うーん。

まって、どこで聞いた?


思案に眉を潜め、俯く姿に、アルベルトは察した。

御両親はいないのだ・・・何て辛いことを聞いてしまったのか・・・たった二人しかいない、姉妹なのだろう・・・

と、上手いこと、勘違いしてくれた。

リーシャはリーシャで、何時までも、思索し、真剣な面持ちで、記憶を探ろうと必死だった。

「リーシャ」

「はい!」

唐突に名を呼ばれた。

「・・・すみません・・・無神経でした・・つい、興味で聞いてしまって・・・。辛い思いをしていたんですね。・・・お亡くなりになっているいるんですね・・・。早く妹さんが見つかるといいですね」

優しく、悲しそうに微笑んだそれに、


はっ!!!


と思い出す。

そうだ!

人間を産む、親の事だ!

つまり、と、話の糸口から、まとめる。

誰を探しているか。


妹。


うん。答えは間違ってない。

御両親。辛い思い。すみません。

えーと。

ちらりとアルベルトの面持ちを見ると、沈痛な顔と、悼まれない表情で 自分を憐れんでいる。


御両親がお亡くなり。

二人の姉妹。

ということは??


また、考え込むことになる。

己の存在は、人から産まれることはない。

否、神の手により、命有るものは、すべて生まれ出ずる。

それが、

天の者か

人間か

動物か

植物か

妖精か

はたまた、違う世界の者か。

産まれぬのは、魔の者のみ。

命有るものは命有るものを、また、産み、繁栄を繋いでいく。


そうか・・・つまり、御両親から私たちが産まれ、御両親が亡くなったから、寂しい、ということか!

ん?

誰が寂しいの?


考えすぎて、何を考えていたのか解らなくなっていた・・・

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