第4話

脳裏に浮かぶ、何百年前の記憶。

懐かしくて、優しくて、大好きな、何時も脳裏から離れない己と同じ顔の妹。


レイムネの樹。


朦朧とした意識のなかで、混濁する記憶のなかで、その言葉が、確信を

滲ませていく。

ずきずきと後頭部が痛い。

それが、意識を鮮明に戻していく。

容赦なく殴ってきた。

その上、この仕打ち。

目隠しされ、後ろで腕を縛られ、埃臭い部屋に放り込まれ、全くもって、喜ばしいことだ!

つまり、聖女について濃厚も濃厚、原液、と言うことだ!!

笑みが浮かび、後頭部の痛みと腫れを癒す。

目隠しのままぐるりと見回すと、脳裏にはっきりと部屋の様子が浮かぶ。

締め切られた窓と、壊れた家具や時計、普段使わない机や椅子などが、埃と、蜘蛛の巣とが、敷き詰められて、客人をもてなす場所には、相応しくない。

さて、これからどうやって切り出していくか。

結構頭を痛める問題なんだよね。


殴ってくるってことは、喋りたくない。変に詳しく聞くと、この村の者でもないのに、と言う余計な疑心暗鬼をうみ、口を閉ざす。

上手く、心に入り込む・・・どうやって?

勝手に探すと言うのもなあ。


着いて思ったのが、正直この町は大きくない。

つまり、人と人との繋がりが大きいだろう。

ということは・・・誰かの目につけば、誰かに伝え、胡散臭く見られ、また、面倒。

それも経験してきた。


聖女。


その名を出すだけで禁忌。

それは、

人間にとって、触れられてはいけない、汚してはいけない、神々しい存在。


気高く、

崇高な、

表徴。


ひた隠すなら、力を使って聞きだす。


それは、嫌だな。面白くない!

ここは、人間と駆け引き的なものを楽しまないと。


いや・・・力を使えば早いだろう。何百年もかけて、皆無と言っていいほど、レーシャに辿りついていない。

厳密に言えば、天界と人間界とでは、時の流れが違うので、天界の一日が人間界では何十年にもなる。

と言うことで、リーシャにとって、人間界での時は、とても長く楽しめる上に、天界では、少しだけ。

何て上手く出来てるの、と喜んでいるが、現状を考えればそんな悠長な暇ないはずだ。

同僚から口煩く幾度も戻ることを言われている。


さて、どうしようっかなあ。


この束縛されている状態の中、嬉々としての様子を誰もいなくて良かっただろう。

胡散臭いの何者でもない。

急に家の外が騒がしくなるのを感じる。

この家に向かって、若い歳の男の後ろに三人の年配の男。

おそらく、立場的に若い男が上なのだろう。取り巻きののように、少し腰低めで、顔色を伺いながら、切に伝えていた。

若い男は、顔を酷く厳しくし、叱咤しているようにも見えた。

また、ここであえて会話は聞かない。

昔は聞いていたが、気付いたのだ。


面白くない!


わくわく的な、意表を突く衝撃的な事が始まったりする!!


うんうん。

ここは、大人しく待ってないと。


バタバタと階段を上る足跡と、言い合いをしている感じが読まれ、足音が近づいたな、と思うとドアが開いた。

眩しい、と目隠しされても灯りは通る。

少し身動いでいる間に、若い男はレーシャにすぐさま近づき膝まづいた。

「すみません。勝手に町ものが、失礼なことを!」

目隠しを取り外すと、余計に光が眩しく目を細めた。

すぐに縛っていた縄もほどき、縄に繋がれていた手首を優しくさする。

「立てますか?」

歳の頃は30前後。細身の、なかなか、爽やかな男だった。

申し訳なさそうにリーシャを見つめ、手を差し出し。

「大丈夫です」

目を伏せ、恐怖心を出すように俯き加減に小さく答え、手を添えた。


すみません?


ゆっくり立ち上がりがら、謝罪の言葉に疑問符がうかぶ。

「すみません。今色々込み合った事があり・・・その者と手先かと村のものが勘違いしてしまいました」

スカートの襞に着いている埃等を、優しく払う。

「いえ・・・」

「とりあえず、私の家においで下さい。私はここの町長しております、アルベルトと申します。その・・・着替えて頂きたいですし、ご無礼をしましたので、私の家に宿泊して頂ければ幸いです。お名前を教えて頂けますか?」

肩を優しく持ち、凝縮気に頭を下げた。

確かに埃まみれの服は、小汚なく、みすぼらしかった。

「リーシャと申します。申し出ありがとうございます」

即答。

願ったり叶ったりだ。ましてや、町長と来れば、断る理由もなく、宿泊先も用意してくれるとあれば、助かる

小さい町だと、宿泊先に困窮する事がしばしばあり、ましてや、質問一つで、貴方は泊めれません、と拒絶され、本当にドアを閉められたこともあった。


良かった・・・寝床を確保。


只、腑に落ちないのは、アルベルトの言葉。

聖女と関わる、込み合ったこと。

そんなことあるの?


聖女レーシャは・・・もう何百年もの・・・伝説なのに


此方へと促され、アルベルトはリーシャの荷物を持ち屋敷を出た。

背後から着いてきた三人の誰かが殴ったのだろうか、そう思うと、じっと見つめ脚が止ま

る。


腹立たしい、


ぴったりの言葉だ。

勿論三人ともびくりと、怯み脚が止まる。

じーーーーーーと、見つめる。

腕を組、さあ、喋って貰おうかしら。

力は使用しないが、そのい抜く瞳は恐ろしい。

「リーシャ」

肩を叩かれる。

アルベルトが、困惑の眼差しで苦笑いをする。

「三人を責めないで頂けませんか?全て私のためにしてくれたことなのです」

「あなたの?」

「いえ・・・この町のために、皆が、必死になってくれてるんです・・・」

張り詰めるような声と決意に充ちた瞳で、必死さが伝わり、これ以上は得策でないな、と頷いた。

「ゆっくり家でお話しします。さあ、三人は家に帰っていいですよ」

言われると、すたこらさん、と逃げるように、脱兎の如く走っていった。

もう少し、意地悪したかったのに。


残念。


「行きましょう。貴方が何故聖女のことを知りたいのかも、聞きたいですし」

口調が変わった。

剣呑な物言いに、何百年ものの、昔話、では済まされない何かがあるね。

「解りました」

答え、後ろを付いていった。


ぐるるるるるるるる。


落ち着くと、身体が反応してきた。


・・・そうだ、結局昨日からご飯食べてないんだ。

飲まされてばっかりで。

赤いの、食べてないし!


そう思えば思うほど空腹感を強く感じる。


あーあ、天界じゃお腹なんか、空かなかったのに。でも、美味しいものもなかったなあ。

果物は美味しかったけど。


ぐるるるるるるるる。

ますますお腹空いた。

「あの!」

思いきって声をかけると、前を歩くアルベルトが振り向いた。

「今何時ですか?」

ここで、朝食をと急くと、まだ、5時頃ですよ、と言われても恥ずかしいと思い時間を聞いてみた。

「7時頃です。どうされたんですか」


朝食の時間!


「昨日から何も食べてないんです!」

えらい剣幕で眼をうるうるさせて、アルベルトを両腕を掴み覗き込む。


ぐるるるるるるるる。


「それは・・・申し訳ありません・・・私の家で朝食にしましょう。私もまだ、食べていないので」

合点がいったようで、優しそうに微笑んだ。

「ほんとですか!?」

「え、ええ」

顔をひきつらせながら、じりと後ろに下がった。

可憐な少女が、お腹を空かせ、埃まみれで、物凄い勢いで、言ってくる様子は、なんだが、とても胸を苦しくさせた。

それは、貧乏な娘の様に見えた。

ただ、食い意地がはっている。

その一言だ。

天界にいる頃は、とても優雅で可憐で、物静かで・・・

リーシャの様子を見に降りる度に同僚は、茫然自失で帰っていく。

まあ、それは、またの機会にしよう。


ご飯、ご飯、朝ごはん♪


ちらり、と横にいる上機嫌のリーシャを確認しながら、ひもじい思いをしながら、この町に来たのだろうか、お腹一杯食べさせてあげないと、妙な誤解を抱かせていた。

暫く歩くと、この町で少し大きい家にたどり着いた。

「入って下さい。両親は早くに亡くし、今は家の事をしてくれているガナラしかいませんが、料理はとても美味しいですよ」


ほんとに!?


眼を輝かせ、家の中へと案内された。

入るとすぐに、初老の小綺麗な女性が出てきたが、リーシャの出で立ちに、慌てふためき、

「シャワーを浴びてください!さ、此方です。着替えは?」

「先に朝御飯・・・」

「着替えは!?」

ピシャリといわれた。

「その鞄です!」


ぐるるるるるるるる。


お腹空いたよおお。


恐くて、アルベルトが持っている鞄を指した。

速く速くと、追いやられ、食事はお預けになった。

「ガラナ。あの方はリーシャと言うんだが、暫く家で面倒を見ることになったからよろしくお願いいたします。あと、朝食を頼むよ。リーシャの分も」

戻ってきたガラナに伝えると、かしこまりました、会釈し台所へ向かった。

食事ができなくて、恨めしい顔で連れていかれたのが、少し可笑しくてアルベルトは笑ってしまった。



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