第11話 番外編・都市空母の最新兵器

 薄暗闇のなか、どこからか匂いが漂ってくる。それは無性に食欲をそそる香りだ。

 エマは、ベッドに横たわったまま辺りを伺う。消灯時間が過ぎているのに、室内はぼんやりと明るい。

 そうなると、犯人は一人しかいない。エマは跳ね起きた。


「ばか未冬、なに深夜にカップラーメン食べてんだっ!」

 小さな灯りをともし、シーツをかぶってラーメンをすすっていた未冬は、びくっと振り向いた。

「こ、これはダイエットだよ。エマちゃん」

「はあっ、なんだと」


「ほら、これを見て。糖質、カロリーとも50%オフなんだよ。ダイエットには最適なんだから。ね、ね」

「そうだな。それだけ食べるのなら、な」


 しっかり晩ごはんを食べた後に、さらにダイエット食を摂ってどうする。


「違うんだよエマちゃん。これは、わたしじゃないんだ」

 そう言いながら、ずるずる、とスープまで飲み干した。

「……このおっぱいが栄養を欲するんだよぅ。エマちゃんには分からないかも知れないけど」

 Tシャツのうえから胸に手をやり、ほらほら、と揺する。


 ぷつん。

 エマの中で何かが音をたてた。勢いよく、ベッドの上の未冬に飛び掛かる。


「おのれ。そんなわがままおっぱいなんぞ、こうやって揉みしだいてやるっ!」

「ああん♡」


 ☆


「と、いう訳らしいです」

 寝坊して朝食に遅れそうになった未冬とエマは、またマリーンに叩き起こされていた。

 しかも居合わせたグロスター教官にも、昨夜の痴態をばらされてしまった。


 呆れ顔のマリーンの横では、フュアリが寝不足の眼をこすっている。

「ごめんなさい、フューちゃん」

 隣室のフュアリには音が筒抜けだったようだ。


「ほう、そうかそうか」

 なぜか嬉しそうに教官は頷いた。

 訓練中は鬼だが、普段のグロスター教官は物分かりのいいお姉さんなのだ。

 未冬とエマは顔を見合わせ、一瞬安堵の表情をうかべた。


「つまり、わたしの訓練を終えてもまだそんな余裕があるんだな」

「げっ」


 ニタリ、と笑う教官。

「では今日から訓練内容を見直さなくてはならないな」

「ああっ、筋肉痛が突然っ!」

「遅いわっ。よし、さっさと食べて訓練場に集合だ!」


 ☆


 訓練場には地上科だけでなく、飛翔科からもマスタング姉妹をはじめ、何人もやって来ていた。どうやら選抜メンバーらしい。


「今日は特別講義だ。この『キャンディ・タフト』に導入予定の新兵器を用いた戦闘訓練を行う」

 グロスター教官は後ろを振り向いた。未冬たちにとって見覚えの有り過ぎる、白衣の男が立っていた。


 その中年男は自己紹介する。

「特別講師のグールド・タンク教授じゃ。ほほう、さすが飛翔科のおなごは見眼麗しいの。今日一日、前かがみで講義をせねばならんではないか。まあ、もともと腰の低いわしにはぴったりじゃがの!」

 少女たちの冷たい視線をものともせず、教授は高笑いする。


「今日はレオナさんは居ないんですか」

 不安げにマリーンが辺りを見回した。助手のレオナは技術開発部の良心と言っていい存在だ。その彼女が教授を野放しにするとは思えないが。

「ああ。レオナなら、わしの代わりに百人委員会へ出席しておる」

 この都市空母の最高意思決定機関『百人委員会』、通称は元老院。


「こんな訓練なんかより、そっちに出ろよ」

 エマが思いっきり突っ込む。



「よし、まずはこれじゃ」

 教授は背後のを指差した。

 ずんぐりした胴体の両側に巨大な車輪がついている。そしてその円周にそって小型のロケットらしきものが幾つも取り付けられていた。


「わしが古代の文献から発見して再現したものだ」

 車輪のロケットに点火すると、その噴射の勢いで車輪が回転し、敵に向かって突進していくらしい。

「この胴体には爆薬を詰めておくのだ。破壊力抜群だぞ。その名も『パンジャンドラム』という!!」


「おおう、これはすごいですっ!」

 未冬が目を輝かせている。


「でも、これはどうやって方向制御するんです」

「爆発は時限信管を使っているんですか」

 冷静な声でマスタング姉妹が質問する。


「愚かな! 制御システムなど搭載している訳があるまい。動き出したら後はロケットの気分次第だ。爆薬は、ほれ。この火縄にあらかじめ点火しておくのだ」


「帰ってもいいですか」

「どうやら時間の無駄みたいです」

 全くの無表情でマスタング姉妹は言った。


 グロスター教官も黙って頷いた。いつになく悲し気な表情だ。彼女もレオナが来ないと聞いた時点で、相当嫌な予感はしていたのだった。


 ぞろぞろと飛翔科の士官候補生たちは訓練場を出て行った。


「さて。じゃあ、あたしたちも」

 そのフュアリを教授が後ろから羽交い絞めした。

「待て、お前らだけでも最後まで話を聞いていけ」

「離せエロじじい!」

 エロじじいではなく元老院議員である。


「今日は、こんな最新兵器をたくさん持って来てやったのだぞ」

 タンク教授はうれしそうに、背後に並べた貨物を指差した。


 グロスター教官は額を押える。

 都市空母『キャンディ・タフト』は今日も平和だ。

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鋼翼の戦闘姫(ワルキューレ) 杉浦ヒナタ @gallia-3

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