第10話 遠い空へ
海賊艦『シー・グリフォン』は主砲一斉射で敵の攻撃型空母を火の海に変えた。
いかに都市空母としては小型だと云っても、並みの空母と比較すれば数倍のサイズを持っている。戦艦を凌ぐ大口径砲を多数装備するその威容は無敵の海賊艦という称号にふさわしい。
「進路修正、左15度。次の獲物だ」
パルミュラ艦長の指令を受け、航海士のコルタが制御パネルに指を走らせる。
「射程内に捉えました!」
「よし、撃てっ!」
崩れかけていた『キャンディ・タフト』側の右翼は、『シー・グリフォン』の参戦により息を吹き返した。密集して攻撃を仕掛けて来る敵艦隊に対し、連携攻撃でその進攻を食い止めている。
「遅いぞ、パルミュラ! 貴様も一緒に沈めてやろうか!」
セシリア・ハインケル提督からの無線通信が入ってきた。スピーカーからの音が完全に割れている。よほどマイクの近くで怒鳴っているのだろう。
「おう、これはセシリア閣下。そんなアニメ声で凄まれても怖くないぞ」
「うるさい。まったく、お前は小学生の頃から時間を守らないやつだったが、いまだにその癖が治っていないな」
「ふふふ。三つ子の魂、百までと言うではないか」
「おのれ、ぬけぬけと。ゼノビアさんに言いつけるぞ」
途端にパルミュラの顔色が変わった。
「い、いや、あの……お母さまには内緒にして。ね、幼なじみのよしみで」
「よしみも刺身もあるか! ほほう、やはり相変わらずゼノビアさんには頭が上がらないようだな。報告されたくなかったら、とっとと右翼側の敵を殲滅しろ」
「は、ははぁっ!」
☆
防弾ベストとヘルメット。それに短機関銃という装備で飛翔科士官候補生たちも敵空母に突入した。
「今度こそ、いいとこ見せてやるぜ」
勢い込んで飛び出したレッジア・サジタリオは、いきなり胸を撃たれ床に倒れた。マスタング姉妹が急いで彼女を物陰に引きずり込む。
「まさか、死んだ?」
「大丈夫。気を失ってるだけ」
エレナが脈をとって言う。白目をむいたレッジアを揚陸艦に収容し、再度突入を図る。
「A班は
指揮をとるのは
「よし、撤収!」
空母の航行不能を確認すると、次の空母に狙いを定める。
☆
「敵艦隊、逃走を開始しました」
報告を受けたハインケル提督は大きく息をついた。
「追う必要はない。右翼第六艦隊は救助を開始せよ」
攻撃によって大破した戦艦の乗員救助は老朽艦に任せる。
「おい、パルミュラ。ちょっと散歩に付き合わないか」
都市空母の海賊を無線で呼び出す。すぐにのんびりした声で返事があった。
「手当は出るんだろうね閣下」
「申請はしておいてやる。だがこれはお前たちにもメリットがあるはずだ」
パルミュラが苦笑している気配があった。
「これ以上、中小企業いじめには加担しないからな」
傭兵も生きるために大変なのだ。
「まさか。あの思いあがった奴らに、
「ああ、『アラド・ブリッツ』の連中にご挨拶か。面白そうだ、付き合うよ」
視力矯正眼帯の恨みもあるしな。パルミュラは口の中で呟いた。
☆
地上科の4人とウェルスは小型艦で『キャンディ・タフト』に戻ってきた。
「クスリ、クスリが欲しいーっ」
「やめろ。誤解を招くだろ」
涙目で、がるる、と唸っている未冬を抑えながら、まずは士官学校へ報告に行く。すでに飛翔科の生徒たちも集まってきていた。
「よく帰ってきたな、みんな」
今回の重傷者はレッジアだけだったが、それも命に係わる程ではなかった。
真っ赤な目でグロスター教官が迎えてくれた。やはり生徒思いで涙もろいのだ。それを見た未冬たちは少し感動する。
「ああ、これか。なんだかこの前から目がかゆくてな。鼻水とくしゃみが出て困っているんだ」
残念ながら未冬と同じ症状だった。
「未冬、原因が分かったぞ」
講義室にウェルスが駆け込んできた。室内がざわめく。
「男だ」「男がいる」「かわいい♡」
この世界に数少ない少年なのだ。珍しがられるのも無理はなかった。
「どうしたの、ウェルスくん」
これだよ、とウェルスは透明なフィルムに包まれたものを取り出した。
「あ、海の上に浮いてた草だね」
「これは海洋型の
突然変異によって大量発生し、アレルギー物質を含む花粉をまき散らすようになったのだ。
顔の前に突き付けられて、未冬は大きなくしゃみをした。
「やめてよウェルスくん!」
「それに、これは飛行因子減少の原因でもあったんだよ」
「なんと!」
☆
実は
「全部こいつが原因だったんだ」
「でも、ウェルスくん。眼とか鼻は大丈夫そうだけど」
「僕たちの場合、アレルゲンは飛行因子に作用するからだ」
「はい?」
アレルギーを引き起こす物質は、人の体内に飛行因子がある場合はまずそれと結合し、やがて双方とも自己破壊を起こす。だから、アレルゲンは体内に残らず、傍目には飛行因子が消滅しただけに見えたのだ。
「そうか。だからもともと飛行因子をもたない未冬は、普通にアレルギー症状が出たんだな」
エマが納得し、頷いた。
だがそこでマリーンが首をかしげた。
「でもそれが未冬さんが飛べなくなった理由と、どう結び付くんですか」
「それは、どうなのかな……、集中力の低下、とか。いずれにせよ心因性のものだろうけど」
途端にウェルスの歯切れが悪くなった。
「今日は帰って休め。原因が分かれば治療も始まるだろう」
グロスター教官が解散を命じた。
「じゃあ、帰ってビデオの続きを見ようかな」
寮の資料室で発見したのだ。
「待て未冬。お前は飛ぶ訓練だろ」
「えー。でも、やっぱり人は大地を離れて生きていけないんだよ、エマちゃん」
「おい、その台詞はなんだ」
たしか、空に浮かぶ島に行く話のなかの台詞じゃなかったか?
「そうそう。わたし、あのセリフに感動しちゃって」
「……まさか、お前が飛べなくなったのは、それからじゃないだろうな」
「え、うーん。ああ、そうかも!」
この……この馬鹿。影響されやす過ぎだろ。
「飛ばない未冬は、ただのスカポンタンだっ!」
「そうかなぁ、ねえエマちゃん。キスしてくれたら、魔法が解けて飛べるようになるかもしれないよ」
ほら、ここに。そう言って唇を突き出す未冬。
エマは思い切り未冬を張り倒した。
☆
対アレルギーの薬が開発されたのと、花粉を発生させる藻が異常発生した海域を抜けたこともあり、
この症状がサルベージ都市『アラド・ブリッツ』の工作だった可能性は否定できない。しかしワルキューレ抜きの相手にここまで惨敗しては、当分の間、逼塞する他ないだろう。
一方、飛行因子とは無関係な未冬には、女の子が空を飛ぶアニメを半ば強制的に鑑賞させ、こちらもどうやら飛行可能になってきた。
だが、まだ零式戦闘姫を装着したうえで、デッキブラシに跨らないと飛べないのは困ったものだが。
「ねえ、エマちゃん。あとは、黒猫といっしょだったら、もっと上手く飛べると思うんだけどな。どこかにいないかな、
エマは大きくため息をついた。機械式戦闘姫完成への途はまだ遠いようだ。
おわり
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