第9話 海戦のファランクス

 セシリア・ハインケル海将は『キャンディ・タフト』で最も若い海軍提督である。

 30才を少し越えたばかりの彼女は、腕組みをしたままモニターを睨んでいた。

 赤味がかった金髪がその精悍な顔の左半分を隠している。


「先鋒の巡洋艦同士の砲撃戦が始まりました、提督」

 副官の報告に小さく頷く。所詮は傭兵、共同歩調をとることは出来ないらしい。


「やはり奴らは傭兵集団ごとにまとまった密集隊形だな」

 鋭い表情に似合わない可愛らしい声でハインケル提督は呟いた。いわゆるアニメ声というやつだ。


(それはこちらの傭兵も同じだが)

 彼女の表情に苦いものが浮かぶ。あの海賊どもは、いまだこの海域に現れてすらいないのだ。


「各艦に伝達。戦闘プログラムをB-2に変更せよ。縦列隊形から横隊に移行、包囲殲滅作戦をとる」

「了解。戦闘プログラムをB-2に変更!」


 敵味方とも同型の艦が主力になっている。その艦運営は自動化が進んでいて、クルーの練度はあまり問題とされないため、個体ごとの差はないと考えていい。

 つまり勝利を決定付ける要素は、戦術だ。


『キャンディ・タフト』艦隊は大きく展開をはじめた。


 ☆


「うう、目がかゆいよぅ」

 救助された未冬は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔でエマに縋り付いた。その途端、大きなくしゃみをする。

「やめろ、来るな。汚い」

「ひどいよ、エマちゃん。もっと慰めて」


「これは完全にアレルギー症状ですね」

 とうとう発症してしまったらしい。未冬はもらった大量の薬もみんな寮に置いて来てしまっていた。

「これ、ルセナ副官から頂いたんですけど」

 マリーンが薬の瓶を差し出した。中には黒い丸薬が入っている。蓋をとると刺激臭が鼻をついた。


「でもこれ胃腸薬って書いてあるよ」

「ええ。この薬は何にでも効くらしいです。頭痛とか、虫歯にも」

「気休めだと思って飲んでみたら」

 フュアリが薄笑いで言った。

「えー、やだー」


 ぐらり、と艦が揺れた。

「動き出したな」

 エマが窓の外に目をやった。


「作戦開始だね」


 ☆


「提督。左翼は敵軍を圧倒していますが、右翼側の被害が大きくなっています。すでに半数が航行不能!」

 ちっ、セシリアは舌打ちした。右翼にはあえて老朽艦を集めたが、ここまで脆いとは想定外だった。

「中央から1箇艦隊を廻せ。絶対に崩させるな!」


 そして副官を振り返る。彼女が問うまでもなかった。

「左翼の敵護衛艦はほぼ駆逐しました。強襲揚陸艦の投入準備も出来ています」

「よかろう。『ワルキューレ』『デミランサー』『飛翔科』、敵の攻撃型空母を内部より制圧せよ!」


 命令を受け、重武装揚陸艦が高速で敵空母に接近し接舷する。ハッチを破壊し乗り込んでいく兵士の中には、士官学校の制服を着た少女たちもいた。


 こうして、片翼を失った戦闘姫たちの戦いが始まった。

 

 ☆


 海賊艦『シー・グリフォン』は都市空母としては非常に小型の部類に入る。そもそも”都市”と”呼ぶほどの人口規模は持っていない。

 それは、超強力な動力ユニットと軍事ブロックで構成された、動く要塞と言ったほうがいい。しかも巡航艦に匹敵する航行速度と、艦載砲の数倍の威力をもつ要塞砲で隙間なく鎧われているのだ。


「あーあ。うちにお金さえあれば、もっと弾薬が買えるのにな」

 艦長のパルミュラはいつものように愚痴っている。砲台はたくさん有るが、いつも砲弾の確保には苦労していた。

「他人事みたいに言わないでください。いったい誰のせいでいつも貧乏だと思ってるんですか」

 ルセナ副官が文句を言うのもいつもの光景だった。

 

「艦長、間もなく戦闘海域に入ります」

 航海士のコルタが報告する。パルミュラ艦長は頷くと索敵担当のアクィラに命じ、3Dモニターを起動させた。


「なんだ、ずいぶんやられてるな」

 モニターを見て、艦長はあははと笑う。

「笑いごとじゃありません。敗けたら給料がもらえませんよ」

「おう、そうだった」


「コルタ、最大戦速…ちょっと待て、艦内に周知してからだった」

 以前予告なしに加速して怪我人が出たこともあるのだ。

 

「うわー」「ひやーっ」

 加速が始まった瞬間、フュアリと未冬が部屋の反対まで転がっていった。

「だから、何かに掴まれって放送されてただろ」

 エマがふたりに怒鳴る。エマとマリーンは床に固定されたテーブルにしがみついていた。

「うう、大丈夫だと思ったんだよぅ」

 壁に貼りついたまま、未冬が悲鳴をあげた。


「まったく、人の言う事を聞かないからな。未冬は」

「それはフューちゃんだって同じだと思うよ」

「おっと、これは一本とられたのう」

 フュアリは逆立ちした格好で壁に押さえつけられていた。

「でもこれ、頭に血がのぼる。誰か助けてくれ」


 ☆


「艦載砲の射程距離に入ります!」

 アクィラが艦長席を振り返る。

「よし、減速。主砲発射用意。目標は右舷の攻撃空母だ」

 普段のだらけた感じは一切なく、パルミュラは立ち上がった。

「了解!」


 地上科の4人が艦橋ブリッジにあがってきた。それを見た艦長は、冷酷な表情で、にやりと笑った。

「よく見ておけ、小娘ども。これが我が『シー・グリフォン』の最終奥義、”ファランクス”だ」


 『シー・グリフォン』は艦体を覆いつくす、すべての砲塔を正面に向けた。

 ファランクスとは、古代マケドニアのアレキサンドロス(大王)が用いた槍部隊による密集突撃戦法だ。その圧倒的な攻撃力は強大なペルシャ軍でさえ粉砕した程だ。

 その名の通り、すべての砲塔によって目標を一点集中で攻撃するのである。


「全砲塔、発射!!」

 艦橋にパルミュラ艦長の声が響いた。


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