第8話 これって吊り橋効果?
「ウェルスくん、頭さげて」
銃弾が降り注ぐなか、未冬が前席に向けて叫ぶ。敵機は上部後方に位置していた。固定機銃の仰角がとれないために、この機体姿勢では迎撃できないのだ。
「頭って、こうか?」
前席でウェルスが身を屈める気配があった。
「……飛行機の頭だよ。敵は上にいるんだから」
こんな時になにをふざけてるの、と本気で怒られた。
「ぐっ、未冬にバカにされた」
だがすぐに機首をさげ降下体勢にはいる。
「よし、来たっ!」
一機を真正面に捉え、未冬は銃弾を2連射した。だがそれはいずれも大きく右に外れる。未冬は眉を顰め、ある結論に達した。
「ウェルスくん。この機銃、たぶん銃身が曲がってるよ」
「なにいっ!」
残弾は7発。
「でも今ので誤差がわかった。次は当てるから」
「お、おう。頼む、未冬」
ウェルスは機体を反転急上昇させた。後方真下に敵機を捉えると、未冬はもういちど2発撃つ。それは敵の機体を貫いたが大きな被害はない。
「ぜんぜん効かないよ、ウェルスくん!」
残りは5発。
「しまったー、ランチャーを持って来ればよかったよぅ」
「諦めろ。あんな長物どうせ積み込めやしない。次はエンジンを狙え。そこなら一発で堕とせるかもしれない」
「だけどそれは、ちょっと難しいかなぁ」
動いている飛行機のエンジンって。と、ぶつぶつ言いながら、
後方の敵機のエンジンが火を噴いた。ゆっくりと海面に向かって落下していく。
「おおう、当たった」
「さすが未冬、すげえな」
再び敵の銃弾が襲い掛かる。ばすばす、と音をたて翼に孔が開いた。
「やだぁー、怖いよぉー」
敵機の機銃は操縦席前方にあるが、プロペラを避けるためにやや下向きに取り付けてあるらしい。必ず上部後方に位置取っているのはそのためだ。敵の射線上にいる限り、こちらから攻撃することができない。
「いくぞ、狙え未冬!」
ウェルスが合図とともに機体を左にバンクさせる。
「見えたっ!」
また一撃で敵のエンジンを撃ちぬいた。
「だけどね、ウェルスくん。困った事になったよ」
弱々しい声で未冬が前席に呼び掛けた。
「どうした未冬」
う、うう。
「酔った……気持ち悪い」
「なにーっ!」
その時、爆音がして機体が大きく揺れた。
「お、おえー」
何かがキラキラと光を反射しながら飛び去って行くのと同時に、操縦席が煙に包まれる。
「被弾した! 着水するぞ」
「ひやーっ!」
☆
戦闘海域からは少し離れた位置に未冬たちは墜落した。
飛行機はかろうじて原型を保ち、海面に浮かんでいた。ふたりはその上側の翼に避難している。
「水没する前に撮影したデータは送ったから、最低限の役目は果たしたよね」
「ああ。よくやった」
士官学校の制服姿で膝を抱えている未冬は、乗り物酔いと撃墜されたショックで顔色が真っ青になっていた。
「大丈夫か、未冬」
身体が小刻みに震えていた。ふたりとも墜落した時に海水をかぶってズブ濡れになっている。ウェルスは上着を脱ぎ始めた。
「ウェルスくん、だめだよこんなとこで。誰が見てるか分からないのに」
ぽ、と顔に赤みがさした。
「は? なにを考えているんだ、おまえ」
「だってこんな時は裸で抱き合って、人肌で温めるのが定番でしょ」
ウェルスの上着は防水仕様なので、多少なりとも暖かいのだ。それを未冬の背中にかけてやる。未冬はそれに顔をうずめた。
「あ、ウェルスくんの匂いだ」
「ちゃんと恩にきろよ」
「ありがとう、ウェルスくん。でも、わたしの初めてはエマちゃんにあげるって決めてるから。ごめんね」
「身体で返せなんて言うか。どんな悪代官だと思ってるんだ。……あれ、これは」
何かに気付いたウェルスが未冬の胸に手を伸ばしてきた。
「だから、だめだよ。これもエマちゃんだけのものなんだから」
「うるさい、じっとしてろ」
「い、いやーっ♡」
でも強引なウェルスくんも嫌いじゃない。
ウェルスは未冬の制服の胸にくっついたそれを手にとった。
「なんだ、これ」
「へ、へえ?」
未冬はちょっと残念そうに、それに顔を寄せた。
藻のような細長い茎。
「水草かな。ちっちゃい花が咲いてるね」
「見ろ、未冬」
ウェルスは周囲の海を指差した。
「うおお。お花畑だ。花柄の絨毯だ」
水面は鮮やかな緑色の藻と、そのちいさな白い花で覆いつくされていた。
それを見ているうちに未冬の鼻がむずむずしてきた。
☆
一発の砲弾が、『キャンディ・タフト』所属の巡洋艦に着弾した。機動艦隊の司令官は直ちに反撃を指示する。
こうして『キャンディ・タフト』と、サルベージ型都市空母『アラド・ブリッツ』の総力戦の火蓋が切られたのだった。
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