第7話 ふたりの初飛行

「よく来たな。我が『シー・グリフォン』の宿敵ども」


 未冬たち地上科士官候補生を迎えたのは、やたらと高飛車な女だった。

 かつて激戦を展開した両者だが、凶悪なまでに胸を突き出した艦長パルミュラの迫力にエマは少したじろいだ。


「こんにちは。士官学校からきた未冬です。で、こちらがエマちゃんとマリーンちゃんにフュアリちゃん。それとウェルスくんです」

 まったく動じた様子もなく、未冬は紹介している。確かにこの女の胸部に対抗できるものを持っているのは、この中では未冬だけだ。


「うん。だけどウェルスは本来うちの部下だから、よく知っているぞ」

「あはは、そうでした。周りにそぐわないほど若い男の子だから忘れてました」

「ほほう。可愛い顔をして、ずいぶん失礼な小娘だな」

 パルミュラ艦長は引き攣った笑顔をみせた。

 ばか、なに挑発してんだよ、エマが未冬の背中をつつく。


「だが教えてやろう。私たちは、こういう紅顔の美少年を愛でるのを趣味としているのだよ」

 なぜ艦長まで対抗意識を燃やしてしているのだ。艦長の後ろでは副官がうんざりした顔をしている。エマは彼女に親近感を感じた。


「そ、そんな……ひええっ」

 マリーンが悲鳴のような声をあげた。

 見ると、頬を押えて真っ赤な顔になっている。


「み、みなさん、美少年の睾丸を撫でるのが趣味なんですか?!」

 エマは思わず天を仰いだ。ここにもバカがいた。


 つかつか、と副官が険しい表情で前に出た。エマが止める間もなく、がしっとマリーンの両手をとる。

「……」

 じっと見つめ合うルセナ副官とマリーン。

 なんだか深々と頷きあい、お互い同好の士をみつけた目になっている。

 エマが感じた親近感は、どうやら勘違いだったようだ。


「うん。みんな仲良くやっていけそうだな」

 満足そうなパルミュラ艦長だった。


「おい、本当に大丈夫なのかな。なあフュア、リ……」

 振り返ったエマはそのまま固まった。


「いやん。この子、すごく可愛い。お人形さんみたい」

「ボクにも、ボクにも触らせてっ」

「わたしも触りたいですー」


「あの、ちょっと。そこはダメだってばっ……あ、いやん!」

 フュアリは他のクルーたちから揉みくちゃにされていた。


 ☆


「では作戦会議だぞ」

 パルミュラ艦長は何事もなかったように、モニターの前に立った。


「うちの艦はまだ補給が完了していない。よって先に偵察を行っておこうと思う。……ウェルス!」

「はい、艦長」

「お前は偵察機で先行しろ。一機、武装付きのがあっただろう」

 他の海賊空母から分捕って来た骨董品クラスの複葉機だ。エンジンは強力なものに換装してあるが、あまり高機動を求めれば空中分解しかねない代物だ。


 ウェルスは少し考え込んだ。

「できれば銃手ガンナーも載せて行きたいですね」

 この機体は操縦士と銃手が必要な複座型なのだ。銃座が後方を向いているため、操縦者が撃つことはできない。


「だったら、お前のパワードスーツをぶっ壊した奴がいるじゃないか。未冬、ウェルスと一緒に偵察に出てくれ」

 射撃に関しては天才以上の才能を持つ未冬だ。

「パワードスーツの他に、重装歩兵アームドスーツもやられましたけどね」

 ウェルスはまだ根に持っているようだ。


「ただし支給する銃弾は10発だからな」

「少なっ!」

 フュアリが叫んだ。


「やかましい。我々は清貧をむねとする海賊なのだ」

「貧乏なのは艦長が無駄遣いするからです」

「うむ。あえて反論はしないぞ、副官」

「反論できないなら、せめて反省してください」


 ☆


「どうだ、格好いいだろ。特にこの上翼と下翼を支える支柱。それにエンジンフードの造形とか。空冷式エンジンだからこそ、この形状になるんだ……」

 旧い複葉機を前に、まだまだ熱く語るウェルスに、未冬は遠い目で薄く笑みを浮かべたままだ。


「エンジンを始動するからプロペラを手で回してくれ、未冬」

「なに、言ってる意味が分からないよ、ウェルスくん」

 言われるままに、プロペラに手をかけ勢いよく回す。ボロボロボロ、とエンジンから音が響き始めた。

「いいぞ、離れろ未冬」

 ともかくエンジンを掛ける事には成功した。爆音とともに黒煙が未冬に吹き付けられる。

「ぎゃう!」


「びっくりした。手でプロペラを回しながら飛ぶのかと思ったよ」

「そんな訳あるか」

 竹トンボじゃないんだから。


 未冬は後部座席によじ登る。風防がない座席からは正面に尾翼が見えた。

「あれ、後ろ向きなんだ。乗り物酔いしそうだな」

「機銃はわずかに左右に動くけど、間違って尾翼を撃つなよ」

「それは保証できないかな」

「放りだすぞ、手前」


 複葉機はゆっくりと動き始めた。甲板の端まで来るとがくんと降下する。

「きゃ、落ちる」

 一旦、海面近くまで落下した機体は徐々に高度を上げていく。

「ちっ、やっぱり重たいな」

「えー何か言った、ウェルスくん」

「何も言ってない。機銃の使い方はわかるな未冬」

「もちろんだよ。これを引くんだよね」

 発射音がした。


「おい。無駄弾を射つな。10発しかないんだぞ!」

「ごめんごめん。つい指が動いた。でも銃爪は引くためにあるんだけどね、ウェルスくん」

「勘弁してくれ、僕の給料から引かれるんだからな」

 あ、そうなんだ。パルミュラ艦長の下で働くのは結構大変そうだ。



『キャンディ・タフト』陣営の艦隊を追い越し、敵艦隊に接近する。戦闘空母の数が多い。やはり各地の傭兵をかき集めただけの事はある。

 これ、厳しいのかな。未冬は固い表情で撮影を続けた。敵艦の甲板員がこちらを見て何か叫んでいる。あわてて艦載機を引き出しているのが見えた。


「4機あがってきた。逃げるぞ」

 ウェルスが叫んだ。同時に機体が大きく傾き、方向を変える。

 敵の空母から戦闘機が発艦してくるのが未冬にも見えた。この機体と同じ複葉機だ。ジェット燃料は貴重なので、どこもこういうレシプロ機が主力になっている。


「くそ。早いぞあいつら」

 編隊を組んだ4機は見る間に接近してくる。この機体とは性能が違うようだ。

「いいエンジン積んでるんだろうな。うちも金さえあればなぁ、ロールスロイス級のが載せられるのに」

「この状況で感想がおかしいよ、ウェルスくん。多分それどころじゃないよ」


 銃弾が未冬の座席の前に着弾し、構造材を削り取った。

「撃って来たよ!」

「逃げきれないか。仕方ない、戦うぞ未冬!」

 敵は4機。残弾は9発。

「ところでウェルスくんって空戦もできるんだね」

「は?」

 意外そうなウェルスに、未冬は沈黙した。やはり素人パイロットだった。



 敵機が、未冬たちの機体を包囲するように大きく展開した。




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