第6話 女子士官候補生ふたたび戦場へ
「どうだった、未冬」
うんざりした顔で処置室を出てきた未冬は、エマを見て少しだけ表情を和らげた。
「おみやげをいっぱい貰ったから、エマちゃんにもおすそ分けしてあげるよ。遠慮しなくていいからね」
そう言って、両手に抱えた薬の袋を差し出す。
「いらないよっ、……でも」
どれだけ重症なんだ、というくらいに大量の薬だった。
「おそらくアレルギーじゃないかって」
「何か症状がでてるのか。たとえば、熱とか」
「いや、至って平熱だよ、エマちゃん」
「鼻水とか、目がかゆくて涙が出るとかはないのか」
うーん、としばらく考え込んでいた未冬だったが。
「この前、古いアニメ映画を観たら涙が出て来たかな」
エマはちょっと、いらっとしてきた。
「この袋がかゆみ止めで、これが喉の薬と、点鼻薬に目薬。症状はないけど念のためだって。で、こっちが肌荒れ用で、これは下剤かな」
なんだ、最後の肌荒れ用とか下剤って。
「おまえ便秘してんのか」
未冬は赤くなった頬を両手で押えた。
「やだ、見てたのエマちゃん。恥ずかしいようっ」
「トイレなんか覗くか、ばか未冬」
いちばん肝心な、バカにつける薬は入ってないようだ。
「調べたら血液中に、あれるげんいんがあるんだって」
「はあん? 確かに、あたしの心が荒れる原因なら、おまえの中にたっぷり入ってそうだがな」
きっと症状を引き起こすアレルゲンとか、その抗体のことだろう。ただ他のワルキューレ達から見つかったとは聞かないから、これは未冬だけなのかもしれない。
「未冬さんとエマさんですか?」
帰ろうとしていると、後ろから看護師さんが声をかけてきた。
「士官学校から呼び出しですよ。士官候補生は至急集まるように、だそうです」
そうか、病院内だから通常連絡がつかないんだった。
「なんだろうね、補習かな」
「おまえと一緒にするな」
それは、新たな戦いの始まりだった。
☆
「お前たちにとっては二度目の実戦となる。言っておくが、必ず無事に戻ってこい。家に帰るまでが戦争だからな」
グロスター教官が説明を始める。毅然としてはいるが、目の周りが赤い。さっきまで泣いていたに違いない。
「敵は、サルベージ型都市空母『アラド・ブリッツ』だ。傭兵を中心とした機動艦隊を差し向けて来ている」
モニターにその全容が映し出される。攻撃型空母8隻、戦闘艦はその10倍程になるだろう。ただし航空戦力は旧式の戦闘機が数十機といったところだ。
「これまでであれば、まったく問題になる数ではない。だが……」
今回は主力の
「飛行不能となる原因が分かっていない以上、リスクが大きすぎるからな。よって作戦は戦闘艦中心となる。そうなると、戦力はほぼ互角だろう」
ざわざわとする中、エレナ・マスタングが立ち上がった。
「こちらの戦力不足を見越しての宣戦布告なのでしょうか」
だとすれば、容易ならない事態になりそうだけれど。
「無論そう考えておくべきだろう。そこで君たちの配属先だが」
グロスター教官は室内を見回した。
「飛翔科は敵艦内での制圧戦闘を行うため、ワルキューレとデミランサー混合部隊と共に、重装揚陸艦で出動することになる」
艦内であれば、急に飛行能力を喪失しても大きな問題はないという判断だ。
「あのー、地上科はどうなるんでしょうか」
フュアリが、できれば聞きたくない、という様子で手をあげた。
「うん、地上科は……」
なぜかグロスター教官もあまり乗り気ではないようだ。
「地上科の4人は、海賊艦『シー・グリフォン』と合流して作戦行動を開始することになった」
教室内は一気に静まり返った。
彼女たちにとってこの『シー・グリフォン』は因縁の相手といっていい。それは地上科のみならず士官候補生の初陣はこの海賊艦との戦闘だったからだ。対峙したほぼ全員が負傷したあの事件を忘れるなど、とてもできない事だった。
その後『シー・グリフォン』は傭兵としての契約を『キャンディ・タフト』と結んでいるけれど、いきなり共闘するといわれてもすっきりしない。
その『シー・グリフォン』は他海域での海賊駆除作戦を終え、こちらへ急行しているところだという。
☆
「そうか、海賊ってウェルスくんだけじゃなかったんだよね。そういえば、あれ以来ほかの人たちとは会った事がないや」
未冬は身の回りの品をバッグに詰めている。恐竜型パジャマはさすがに置いていく事にした。
「うーん、入りきらない」
「もっときれいに収めろよ。それじゃ押し込んでるだけだろ」
几帳面なエマは、未冬の手つきを見ているだけで苛立っている。ついには未冬を押しのけると、一旦全部取り出し、服や下着も丁寧に畳んでバッグに並べていく。余裕で詰め込みが完了した。
「ほー、さすがエマちゃん」
☆
最大船速に近い速度で、その小型都市空母は海上を疾走している。
「ふん。海賊退治が終わったら、またすぐに戦争か。人使いが荒いな『キャンディ・タフト』は」
小型都市空母『シー・グリフォン』の
その片目の黒い眼帯が美貌に凄絶さを加えているように見える。
彼女の後ろにひっそりと立つのは副官のルセナである。いつも控えめながら、その冷静さと戦略眼の確かさは艦長から全幅の信頼を得ている。
この二人が指揮を執る『シー・グリフォン』は、数倍の敵を一艦で屠るほどの戦闘力を持つ。海域最強と云われる都市空母『キャンディ・タフト』を追い詰めたのも彼女たちだった。
ルセナ副官は眼鏡の奥で目を細めた。
「艦長、今日は眼帯の位置が反対じゃないですか?」
おお、とパルミュラはそれに手をやった。
「聞いてくれよ、副官。視力が良くなる眼帯だというから略奪してきたのに、全然効果が無いんだ。これって返品できないかな」
略奪してきたと自分で言っていたはずだが。もしかして、こっそり通販で買ったのかもしれない。
「こんどは頭が良くなる眼帯があればいいですね」
「おおっ、そんな便利なものがあるのか副官」
「いえ知りませんけど」
はあ。ルセナ副官はため息をついた。海賊艦にも苦労は多いようだった。
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