第5話 サルベージ都市「アラド・ブリッツ」
軍が運営するその病院は、ここ軍事ブロックの中でも最上層の一角を占め、テラス状に艦外へ突き出した屋上では存分に陽光を浴びることもできる。
はあー、とエマと未冬は、その清潔で真っ白い建物を見上げた。
いつも薄暗くて、かび臭い技術開発部とはえらい違いだ。
「だから、あたしが壁に通気口を開けてやろうとしたんだからな」
「エマちゃん。あれはどう見ても暴発だったよ。しかも狙っていたんだとしたら、もっと問題だよ」
幸い、エマの
「やっぱり帰ろうよ。わたし、ちょっと今日は体調が悪くて」
未冬が病院の玄関を前に、またぐずり始めた。士官学校の寮を出るときにもひと悶着あったのだ。その時はマリーンに関節技を決めてもらい、フュアリも協力して部屋から引きずり出したけれど。
「体調悪いなら丁度いいじゃないか。幸いここは病院だからな」
「やだー、病院行きたくない」
「子供か! あとでお菓子買ってあげるから」
「うぐう」
ともかく待合室まで連れて行くと、士官学校の白と青の制服姿で、一組の双子がソファに腰かけていた。まったく同じ銀髪とブルーっぽい瞳。エレナとアミエルのマスタング姉妹だ。普段は区別がつかないが、今日は何となく分かる。
「分かった、こっちがアミエルちゃんだね」
片方が少しやつれた感じになっているのだ。きっと飛行能力を失って入院していた、双子の妹の方に違いない。未冬はびしっ、と指さした。
「ちがうよ。アミエルはわたし。そっちはエレナ」
痩せて見えたのは姉の方だった。エレナはアミエルとの比較対象として検査を受けさせられているのだ。
エレナに目をやったアミエルは、ちょっと恥ずかしそうに眼を伏せた。入院していたにしては、やけに元気そうだけど。
「訓練を休んでいたら、少し太っちゃったんだ。でもやっと退院できる」
ああ、なるほど。未冬とエマは深く頷いた。痛し痒しとはこの事だ。
☆
アミエルだけでなく、飛行能力を失った
その結果。誰にも外的損傷は認められず、ウイルス感染もなし。
ただ血液検査の結果、ある事実が判明した。
患者の血液からは、特殊組成タンパク質であるフェルマー因子が激減しているのだ。このフェルマー因子は別名『飛行因子』とも呼ばれ、飛行能力を持つ人の血中に存在するものである。
アミエルの血液中に含まれるフェルマー因子は、エレナの1000分の1にも満たなかった。これは飛行能力を持たない人とほぼ同じ数値だ。
「だったら、輸血するとか方法がありそうだけど」
特に、この二人は双子なんだし。
「未冬。そんな研究はもう300年も前からされてるよ。だけど成功例はない。学校で習っただろ」
あきれたようにエマが未冬の耳たぶをつまんで引っ張り上げる。
「いたたた。……うん、やっと思い出したよ」
「フェルマー因子は、飛行能力を起こさせるものじゃなく、結果として生成されるものという説が現在では有力なんだよね」
エレナがそっとアミエルの肩を抱く。
「わたしだって、方法があるなら、どんな事でもするんだけど……」
「だけど、未冬はどうして? 最初からフェルマー因子は持ってない筈でしょ」
アミエルが不思議そうに言った。
「ほうっ、そういえばそうなのだ」
確かにそう考えれば、未冬はまたとない研究資料、実験用検体に違いない。未冬が本能的に病院を嫌がるのは、生き物として正常な反応なのかもしれなかった。
「未冬さん、検査室へ入って下さい」
看護師さんが呼びに来た。
「こ、この電話は現在使われておりません。ぴーという音がしたら、メッセージを……」
「やかましい。さっさと行け!」
「ぴ――っ!!」
☆
その海域では常に強力な低気圧が発生している。
積乱雲が高くそびえ、激しい雨と雷鳴を背景に、海面は大きく波打っている。
黒雲が拡がるその先に、小さな都市空母が浮かんでいた。
通常の都市空母と異なるのはその外周に超巨大なクレーンを何基も据えている事だろう。常に移動し続けることが多い都市空母のなかにあって、この艦はほぼ一定の場所に停泊を続けている。
高性能潜水艇と巨大なクレーンを使い、水没した大陸からサルベージを行う特殊な機能を持った都市である。
引き上げた資材を元に他の都市空母との交易を行うことで莫大な富を得ているこの都市は、傭兵を中心とする強力な軍隊を持つに至った。
資金力と強力な軍事力によって、小都市を相手に更に不当な利益を求めるようになっていくのは、当然と言えば当然の成り行きだった。
それがやがて交易上のトラブルを火種として、ついには互いの艦船を攻撃し合うところまでヒートアップしていった。
もはや相手を完全に支配下に置くまで、このスパイラルは終わらないのは明らかだった。そんな彼らにとって目障りなのはただ一つ。この海域最大の都市空母『キャンディ・タフト』だった。
こうして、サルベージ都市『アラド・ブリッツ』は海域最強の座を狙い、都市空母『キャンディ・タフト』に闘いを挑んできたのだった。
だがそれを迎え撃つ
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