第4話 最高議決機関「百人委員会」
会場の入口を武装した兵士が警護している。
その中へゆったりとした足取りで一人の男が入って行き、正面の席に座った。
その席を囲んで扇形に広がった会場はすでに埋まっていた。
「議長閣下。すでに全員の出席を確認しております」
隣席に座る副議長の報告に、その若い男は長身を屈め一礼した。
「いいでしょう。それでは、これより
一筋の乱れも無く整えられた黒髪と、同じ色の瞳。柔らかな表情だが、会議場内を見渡す視線は刺すように鋭い。
彼がこの都市空母の最高意思決定機関『百人委員会』の議長である。
「まず、わが軍の主力、
「防衛部、報告を」
副議長が促す。軍装の老女性が立ち上がり、現状報告を行う。確かに一割ほどの兵士が飛行不能になっていた。
「医療部。その原因調査はどこまで進んでいる」
渋い表情で医療部の代表が報告を行うが、要するにいまだ原因は特定できない、という事でしかなかった。
「では戦力の補強が急務ですね。『飛翔科』だけでなく、『地上科』士官候補生を一時的に
この都市空母キャンディ・タフトの航空戦の主力が『ワルキューレ』なら、陸上軍の精鋭はこの『デミランサー』である。
「議長、それは余りにも時期尚早ではありませんか」
周囲から反対の声があがった。
それが静まるのを待ち、議長は口を開いた。
「お忘れですか。彼女たちは海賊連合軍を撃退した際の、最大の功労者です」
忘れるはずもない、これはまだ昨年の出来事である。この事件を持ち出されては、他の議員も反論の術はなかった。軍港内まで侵入した海賊の上陸を防いだのは他ならぬ彼女たち士官候補生だった。
「ところで、軍の情報端末に対し不正アクセスがあったようですが」
額に冷や汗を浮かべ、情報部の代表が立ち上がった。
「はい。申し訳ありません、議長。その海賊襲撃の際と、今回の二度にわたり……。ただ、発信コードから犯人は突き止めております」
「ほう。では現在は泳がせていると。ところで、その者は艦内の人間ですか」
え、ええ。と彼女は言い淀んだ。
「それが、士官候補生なのです。名前は、未冬……」
ふえっくしょん! と大きなくしゃみをした男がいる。
「技術開発部のタンク教授。なにか?」
「ああ、これは失礼。もちろん何でもございませんよ」
「たしか教授の下にいるのでしたな、その士官候補生は」
「いやまあ、あれは仕方なく手伝わせているだけで。へへへ」
「いいでしょう。特別扱いする訳ではないが、今は非常時です。今回だけは不問としましょう」
議長は苦笑した。
「それは、感謝の極み」
わざとらしく教授は頭をさげた。
☆
「なんと、未冬がそんなことをしておったとは。小娘のくせに隅に置けんのう」
わははは、と笑うタンク教授の後頭部を、助手のレオナ・ロメオが思いっ切りはたいた。
ふたりは会議が終わって、技術開発部に戻っているところだ。
「そんな訳ないでしょう。なに自分の身を守ろうとしてるんですか!」
「いやいや。レオナよ。何と言っても、わしは世界で一番自分の身が可愛い男だからのう」
「最低ですね」
「よいではないか。だが、あの議長もわが娘が可愛いと見える」
「はい?」
「いや、なんでもない」
教授はそこで、ふと真面目な顔になった。
「こうなると思念に頼らない飛行装置を開発せねばならんぞ、レオナ」
「はい。『零式』がもう少しで完成しそうだったのに、残念ですが」
「だが、こんな場合だ。予算は簡単に付くのではないか」
「それが救いですね」
あわよくば、研究室の修理費用も……レオナは少しだけ悪い表情になった。
☆
授業が始まる前、ミリア・カーチスが未冬の席の前に立った。小さな紙袋を机に置く。
「ん、何かなミリアちゃん」
開けてみると、いくつもお菓子が入っている。すごく美味しそうだ。
「餞別。例の、軍へのハッキングがバレたみたいだから」
ダメじゃん、それ!
「ミリアちゃん、大丈夫なの?」
じっと未冬を見返すミリア。全く表情は伺えない。
「わたしは大丈夫。未冬のコードを使って侵入したから。危ないのは、……未冬」
ちょっと待て。
「お菓子じゃ、全然割りに合わないよ」
ミリアはうっすらと笑みを浮かべた。
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