第3話 とべない戦闘姫は……

「こらっ、遅れるな。お前ら!」

 グロスター教官の怒声がとぶ。未冬たちは総重量30キロを超す武器弾薬と装備を背負い、最大戦速での行軍訓練を行っているのだ。


「ひぃー。もう限界です、教官」

 いちばん体力がないフュアリ・ホーカーが最後尾から悲鳴をあげる。

「馬鹿者、限界は貴様ごときが自分で決めるものではない!」

「じゃあ誰が決めるんですか、教官!」


 グロスター教官は走りながら振り向き、凶悪な笑顔をみせた。

「指揮官に決まっているだろう。つまり今は私だ」

「ええー?」

「ぐだぐだ言わずに走れ、馬鹿者ども!」


 ☆


「ぐえー、今日の訓練は一段とえぐかったぁ」

「どうしよう、食欲がでないよ。胸が小さくなっちゃうよ」

「まったく、リョーコちゃんは訓練場では鬼だからな」

 エマ・スピットファイアは箸で皿のなかを掻き回しながらため息をついた。


 リョーコちゃんとは教官の名前である。リョーコ・グロスター。訓練以外では優しいお姉さんなのだが。

 食堂のテーブルに突っ伏すように三人は呻きながら文句を言っている。


「早く食べないと冷めちゃいますよ」

 ひとり、マリーン・スパイトフルだけは平然と食事を摂っている。彼女は普段の鍛え方が圧倒的に違うのだった。




「あのさ、こんな話があるんだけど」

 こう言って話題を持ち出すのは必ずフュアリだ。

「なにかなフューちゃん。またオカルトかな」

 愉し気な未冬に対し、エマは顔色が悪くなった。幽霊とか、苦手なのだ。


「うん。これは未冬の症状にも関りがあるかもしれないんだけど」

「ほう」

 三人が一斉にフュアリに顔を寄せる。


「バミューダ・トライアングルって知ってる?」

 どうだ、という顔でフュアリは三人を見回す。エマとマリーンは首をかしげた。

「なんです、それは。楽器ですか、フュアリさん」

 フュアリは、ちっちっ、と人差し指を振る。


 未冬が勢いよく手をあげた。

「わたしそれ知ってる、調理器具のメーカーだよね」


「それは、バ〇ミューダだし。バミューダ・トライアングルだよ。魔の三角海域ともいわれているのだ」

 苦笑してフュアリが訂正した。

「ゆうべ、星座の位置からこの艦の座標を計算したら、ちょうどそのバミューダ・トライアングルの辺りにいるみたいなんだな、これが」


 バミューダ・トライアングルとは、カリブ海近辺にあったバミューダ諸島をひとつの頂点とする三角形の海域で、船舶や航空機の遭難や行方不明事故が多発したことから名付けられたものだ。

 この三角形の海域には、人の感覚を狂わせ事故を引き起こす、何かがあると恐れられていたらしい。


「その影響で未冬が飛べなくなったというのか」

「だけど、もう大陸も島も全部水没しちゃってますけど」

「そこだよ。マリーン」


「きっとこの海底には何かが沈んでいるんだ」

「何かって?」

 そこでフュアリは声をひそめた。

「きっと古代人の遺跡。ロストテクノロジーが今でも生きて動き続けているんだ」


「おおう!」

「何だ。だったら話は簡単だぞ、未冬」

 エマが未冬を振り返った。

「なにが簡単なのかな?」


「ちょっと潜ってその遺跡を破壊してくればいいんだ」

「なるほど。でもわたし泳ぐのは苦手なんだよ、エマちゃん。一緒に行こうよ」


「素潜りで何千メートル潜るつもりですか」

 あきれた表情でマリーンが言う。

「そうか。陸地だった部分も全部海中に沈んでるなら、それくらい潜る必要があるんだな」


「よし、じゃあ今晩から特訓しよう。エマちゃんと、お風呂で潜る練習だ」

「ばか未冬」

「300年くらい続けていたら、出来るようになるかもしれませんね」

 空も飛べるようになったくらいだから。


「ちょっと、あなたたち。早く食べてくれないと片付かないよ!」

 そんな話をしていたら、食堂のおばちゃんに怒られた。未冬たちは慌てて夕食を掻きこみはじめた。


 ☆


「飛ぶことに集中出来ていないと云うような、意識面だけじゃないと思う」

 未冬はエレナ・マスタングに関節技をきめられていた。ヨガのポーズみたいになった未冬に、エレナはいつもの冷静な口調で話し続けている。

「そ、そうかな。でも……い、いたたたた」


 今日は飛行能力を持つエリート『飛翔科』と、それ以外の『地上科』の合同格闘訓練が行われている。エレナは双子の妹、アミエルと並ぶ『飛翔科』のエースだ。ツインマスタングと呼ばれる彼女たちは空中戦のみならず地上でも圧倒的な戦闘力を持っていた。


「そういえば、アミエルちゃんはどうしたの?」

 こんどは仰向けに押え込まれながら、未冬は周囲を見回す。いつも一緒の二人なのに、今日は朝から見ていないような気がする。


「……アミエルも飛べなくなった」

 ぽつり、とエレナが言った言葉に未冬は凍り付いた。

「いまは病院で検査を受けている」




「まじか……」

 さすがのエマも絶句した。二人そろった時に最大の能力を発揮する彼女たちなのだ。その片方が飛べないというのは、単なる引き算の問題ではない。


 聞けば、マスタング姉妹に次ぐナンバー3ともいうべき、ユミ・ドルニエも不調を訴えているという。


「あー、まあドルニエはなぁ」

 エマとマリーンも判断に困っている。

「あの人だけはよく分かりませんよね」


「あまり優秀な所を見せると女の子が近寄りにくいから、とかいって適当に手を抜いていたような女だからのう」

 さすがに今年は心を入れかえたようだが。半笑いでフュアリがいう。


「でも、面と向かって嘘をつく人ではないですよ」

「それはそうだ。疑って悪かったな」



 さらに『飛翔科』ミリア・カーチスの独自情報では、士官候補生だけではなく、正規のワルキューレの中にも同じような症状が蔓延しているらしい。すでに一割近くが飛行不可能に陥っているというのだ。


「軍の医療データベースをハッキングした情報だから間違いない」

 まったく無表情を崩さないミリア。未冬たちはあわてて耳をふさいだ。

「二重に聞きたくなかったよ、そんな危ない情報!」

 ばれたら軍法会議ものじゃないのか。


「やっぱりフューちゃんが言うように、海の底に何かあるのかな」

 でも、それは調べようがない。いまは一刻も早くこの海域を抜けることを考えるべきだろう。主戦力を武装航空戦隊ワルキューレに依存しているこの『キャンディ・タフト』である。これ以上の戦力減は許容できない。


「もしこんな時に、他の都市空母に襲撃されたら……」

 エレナの言葉に、ワルキューレ候補生たちは顔を見合わせた。



 

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