第2話 技術開発部を爆破しちゃいました

 軍の技術開発部は、未冬たち士官候補生が暮らす軍事ブロックの最下層にある。


 薄暗い非常階段を下り、途中で故障している自走通路を歩いた先に、広大な演習場がある。その片隅をパネルで区切って研究資材を放り込んだ一画が未冬とエマが向かう技術開発部の本部なのだ。


 だがそのパネルの壁にも大きな亀裂が入り、周辺には壊れた機械がいくつも転がったままになっている。


「相変わらず汚いな。これじゃスクラップ置き場じゃないか」

 エマが顔をしかめる。

「う、うん。でも、こんなになるまで壊したのは……」

 言葉を濁す未冬。

 

 ぴくっ、と頬を引きつらせたエマはすぐに乾いた笑いでごまかす。先日、実験中の超電磁砲レール・キャノンを暴発させたのは他ならぬエマだった。


「危なかったよね。もう少しで空母の外壁を貫通するところだったって、レオナさんがすごく怒ってたもの」

「う、うう」

 エマは完全に沈黙した。


「お早うございまーす」

 形だけのドアをくぐり、研究室へ入る。その中はデスクと実験装置が乱雑に配置されていた。研究員たちが顔をあげ、未冬たちを微妙な表情で振り返る。そのすべてが女性だった。


 現在、この都市空母の人口における男女比は20:1ほどにまでなっている。男子の出生率が極端に下がっているのだ。原因は定かではないが、人類が得たの代償だとも言われている。


「おはよう、未冬、エマ」

 黒髪を後ろで束ねた若い女性が立ち上がって二人を迎えた。彼女はこの技術開発部の副責任者レオナ・ロメオだ。普段はクールな表情に、今日は少し苦笑が浮かんでいる。だが経緯を考えれば無理はない。


「教授とウェルスは軍本部へ行ってるけど、もうそろそろ帰って来る頃だと思うよ。お茶でも飲んで待ってて」

 やはり外壁の修理予算の申請だろうか。


 やがて、わははは、と天井の方から笑い声が響いてきた。

「おう、来たか未冬。それに乳なし小娘」

「なにいっ」

 エマが牙を剥いて声の主を見上げる。


 その男は天井に空いたハッチから舞い降りて来た。地上2メートル付近で静止して二人を見下ろしている。灰色の髪に、左目は機械式の義眼。この都市空母どころか世界でも珍しくなっただ。しかも中年となると、もはや希少種といっていい。

 グールド・タンク教授。この男が技術開発部長だった。


「教授。さっさと準備しましょう」

 もう一人、少年が、やはり天井からゆっくりと降下してくる。彼はウェルス・グリフォン。教授の助手で、若いながら開発主任を務めていた。

 もと海賊という経歴の持ち主で、海賊仲間と共に、この都市空母を襲撃したが失敗し、そのまま居つくことになったのだ。趣味はパワードスーツの修理・改造という根っからの技術オタクである。


 ☆


 すべての大陸を失った人類は新たな能力を得た。それは空中を飛行する能力だった。人類の約半数がこの能力に目覚めていた。

 様々な研究にも関わらず、原因は判然としないが、体内に特殊な因子が生じたというのが最も有力な説である。


 それとほぼ同時期に男子の出生数が激減し始める。この関連についてもいまだ決定的な解明に至っていない。


 男性がほぼ絶滅しているこの世界では男女間の性交による種族維持は不可能である。そのため、一部は保存された冷凍精液を使用しているが、多くは女性同士で、遺伝子操作を行った人工精液によって妊娠・出産することが普通になっていた。


 ☆


 ウェルスは台車に乗せた装着型飛行装置を演習場に引き出してきた。西洋甲冑に似たその真っ白な装置は、胴体部分の本体と、両腕。そして足の脛に装着するパーツに分かれている。

 通称『零式』戦闘姫ワルキューレ。飛行能力を持たない未冬のために開発された飛行補助装置と言っていい。


「不安か、未冬?」

 装着を手伝いながら、ウェルスが未冬の顔を見る。最近どうも調子が上がらない事をウェルスも気にしていた。

「大丈夫だよ、ウェルスくん。今日は飛べそうな気がするよ」

「相変わらず根拠のない自信だな」


「最初は思念還元率を少なめに設定しておいたから。軽く浮いてみな、未冬」

 エマが本体の背面パネルを閉めた。

 空間偏移は思念の量に比例する。本体は浮遊するためのエンジン。そして四肢に装着したのは姿勢制御を行うための装置だ。


「じゃあ、やってみるよエマちゃん」

 未冬はヘルメットを被り、フェイスガードをおろした。その内側はモニターになって装置の状態などの各種情報が表示される。

 未冬の表情が引き締まった。


 モニターに表示された思念量が臨界に達し、『飛行可能』が表示される。

(よし、今日はいける)

 ゆらり、と未冬の周辺の空間が歪む。この感覚はいつまでたっても慣れない。


 未冬の足が床からわずかに離れる。

 その途端。未冬は激しい眩暈めまいに襲われた。視界がぐるぐると回り、もう目が開けていられない程になった。


「お、おえ」

 未冬は膝をつき床にうずくまった。慌ててエマが駆け寄る。

「大丈夫か、未冬」

「システムをシャットダウンしろ、急げ」

 ウェルスは外部制御装置をモニターしていた研究員に指示を出す。


「ごめんよ。またダメだった」

 蒼白い顔で未冬はヘルメットを脱いだ。嘔吐をこらえ、顔中が涙で濡れていた。


「もはや、飛行に対する拒絶反応としか思えないのう」

 タンク教授が首を捻った。

「でも、最初は結構うまく飛べてましたけどね」

 ウェルスも困惑顔でモニターの数値を何度も見返す。初期の実験ではある程度自由にこの演習場の内部を飛行していたのだが。


「なるほど、そうか」

 零式戦闘姫を外した未冬をしげしげと眺めていた教授は手を打った。

「見ろ、ウェルス。この女の乳を。昨年と比べると一回りは大きくなっているではないか。これによって制御装置のバランスが崩れているのではないか?」


 うーん、とウェルスは唸った。確かに未冬のそれは制服の胸部を大きく押し上げているけれども。

「ですが、それはちゃんと補正しています」


「いやいや、それはあくまで目測であろう。やはりここはわしが直接、手ずから測るしかあるまい。わしの手は正確だからな」

 揉んでみるとサイズが分かるらしい。両手をふにふに、と動かしている。




「それはさておき。精密検査を受けた方がいいかもしれないね」

 レオナが、女性陣に袋叩きにされて床に伸びている教授を見ながら言った。全身からぶすぶすと煙が上がっている。


「え、でもわたし悪いとこありませんよ。あたま以外には」

「それは自覚してるんだな」

 能天気な未冬の答えに、エマがすかさず呟く。


「まあ、成績が最下位なのは知ってるけど。そうじゃないのよ……」

 そこでレオナは声をひそめた。


「正規の機甲師団のなかにも、飛行困難を訴える戦闘姫ワルキューレがいるらしいんだ。この症状は未冬だけじゃないんだよ」

 

 都市空母『キャンディ・タフト』の力の源泉である航空機甲師団ワルキューレ。それを構成するのは飛行能力を持った女性兵たちだ。


 いま、その戦力が失われようとしていた。

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