【14-9】墓造り 下

【第14章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 再三にわたる帝国陣営からの申し出――遺体返還、墓造り、それに伴う休戦――により、ヴァナヘイム軍下士官・兵卒――とりわけ特務兵――の間で動揺が広がっている。


 ヴァ軍の総司令官・アルベルト=ミーミル大将が足を踏み入れたのは、特務兵・下士官が言い争っている現場であった――帝国軍の墓造りを手伝わせてくれ・そんな暇があるなら、持ち場を固めろ。


 ミーミルは右手を胸の前に広げ、周囲の驚く声を鎮めつつ、騒動の顛末てんまつを双方から素早く聴きとった。



***



 オーズは戦場に視線を送ったまま、腹の底から声をひねり出す。

「……武人の矜持きょうじというものがあります」


「……このワシを脅すとはいい度胸だ」

 肩越しに鈍く光る剣先など、気にするそぶりも見せず、猛将は口をゆがめて笑った。


【4-19】裸踊り ⑤

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 大きなテーブルには、封筒や通信筒の山が築かれていた。そのうちの1通を、フレイヤは取り出す。

「そういえば、夫から届いたばかりの手紙に、総司令官閣下について書かれていました」


 ここを見てちょうだい、と彼女は封筒のなかから1枚の便箋びんせんを引っ張り出す。

「あの若造は、なかなかやりおる」


 書き殴ったような中将の筆致は、俯瞰ふかんすると達筆に見えてくるから、不思議である。



「……夫が必ず打ち払ってくれると信じておりますもの」

 寂しさと照れくささすら取り込んだような、この日一番の微笑みを浮かべて。


【10-14】 寂しさと照れくささ

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「俺……じゃなくて自分は、ヒューキ=シームルっす。階級は、いまは何だっけ……少佐だったと思います」

「えっと、ビル=セーグ、階級はこいつと同じです」

 両者とも会釈というより、下顎したあごを突き出すように首を動かす。


「いっつもこの人、1人でウロウロしてるんだよな」

「俺たち、閣下の護衛のため、ここまでお供しています」


【10-1】 小さな凱旋 上

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「教官とぅおいえども、そのお言葉はいただけませんぬぁ」

「そおうです。そうです。撤回なさってくだすぁい」

 両名とも酒は弱いようだ。早くも目は据わり、呂律ろれつは回らなくなりつつある。


「俺たちの総司令官は凄いんすよ」

「そうそう、この御方は、俺たちの英雄なんすから」


【10-4】 猛訓練 上

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「俺ら阿呆だけど、また分かりやすく教えてくださいよ」

「俺ら馬鹿だけど、大将さんの指示どおり、きちんとやってみせますぜ」


【13-24】後備え 下

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***



 彼は左手を腰の後ろに置いたまま、うつむきがちに口を開く。

「……断る理由は、ないな」


 帝国軍からの提案に対する、ヴァ軍としての回答が決まった瞬間であった。



 帝国からの申し入れについて、ミーミルは受諾する意向を示したのであった。突然の総司令官の登場によって、下士官や特務兵たちの驚く表情が消えきらぬうちに。


「閣下、宜しいのですか」

「いまの我が軍に、墓など造っている余裕はございませんが……」


 背後に続くローズルたちがいさめるように声をかけるも、ミーミルはかぶりを振った。


「我等と共に戦い抜いてくれて者たちや、我等が退却する時間を稼いでくれた者たちだ。荒野に朽ち果てたままになどできぬ。また、捕虜となっていた者の遺体も多いと聞く。彼らも帝国側の治療を受けながら、祖国に戻る日を夢見ていたことだろう。それに……」


 後ろに両手を組み、ミーミルは空を仰ぎ見る。


「……間もなくこの地を寒気が支配する。エーシル神が天上にお召しになるまでの間とはいえ、冷たい土中で彼らに再びつらい思いをさせることは、忍びない」


 総司令官につられ、はじめは幕僚が、続いて下士官・特務兵が、頭上を見上げる。



 渓谷の狭間から見える空は、灰色の鈍い雲が覆いはじめていた。


 少し前まで、大地を照り焦していた太陽はそこにはない。空の様子から、この国に生まれ育った者はみな、厳冬の訪れが近いことを悟った。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


身を挺して、味方が撤退する時間を稼いでくれた階段将校たち――2人のことを、ミーミルは決して忘れないのだな、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「風花かざはな 上」お楽しみに。


ケルムト渓谷の北側――トリルハイム城塞の脇で奇妙な光景が広がっていた。

帝国とヴァナヘイム両軍の兵士たちが、協力してそこかしこで地面を掘っているのである。


ヴァナヘイム軍戦死者の墓造りであった。


寒風吹きすさぶなか、儀式はおごそかに進められていく。白木あらたな墓標群に向けて、大神官によって冥福を祈る言葉がまぶされていった。


同時刻、アルベルト=ミーミルは谷底から、セラ=レイスは原野から、風花かざはなの舞う墓地の方角に向けて、それぞれ黙祷を捧げていた。

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