【10-14】 寂しさと照れくささ

【第10章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国

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 オーズ邸応接間の話題は、写真帳アルバムから手紙に移っている。


 大きなテーブルには、封筒や通信筒の山が築かれていた。


 その多くは、リンドやヴィジーに居る、フレイヤの友人たちからのものだった。帝国軍が迫るなか、北方諸都市へ疎開しているのだという。


 そのうちの1通を、彼女は取り出す。

「そういえば、夫から届いたばかりの手紙に、総司令官閣下について書かれていました」


 戦場に長らくとどまっている夫・アルヴァ=オーズ中将からも、頻繁に手紙が届くらしい。意外にも、あの猛将は筆まめのようだ。


 天幕内の小さなテーブルに巨躯をかがめ、無骨な手でペンを動かしている中将の様子は、なかなか想像するのが難しい。


 だが、ミーミル一行は動じない。彼等は、この屋敷に来て以来、意外・想定外の事象に遭遇し過ぎてしまい、のことでは、驚かない耐性がついてしまったようだ。



「中将閣下は、総司令官閣下に対して、何と……」

 ビル=セーグ少佐が、夫人に先を促す。


 初めの頃は――そうね、5月くらいのことだったかしら、と前置きしてから、夫人は、猛将の口真似をする。

わしを差し置いて、総司令官に収まるなど許せん。あの若造め、首をじ切ってやりたいわッ」


 夫人の愛らしい顔と、物騒なセリフが、どうにも調和が取れていない。


「……久しぶりに帰ってきたと思ったのに」

 ずっと怒ったままで……すぐ出て行っちゃった、とフレイヤは口をとがらせる。


 謁見の大広間、そして水の庭園で、立て続けに任命式が行われた直後のことに違いない――副司令官・参謀長・階段将校たちは、一様に総司令官を見やる。


 ミーミルは、居たたまれない気持ちになった。


【4-3】任命式 上

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【4-11】任命式 再び

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 しかし、そんな夫の様子が大きく変わったのだと、フレイヤは言う。ここを見てちょうだい、と彼女は封筒のなかから1枚の便箋びんせんを引っ張り出す。


 その1枚を、女使用人が、テーブル向こうのミーミルの前に運ぶ。



 またしても意外ながら、中将の筆致は、小さく可愛らしいものだった。


 冒頭部分の惚気のろけのくだりについては、ミーミルは見なかったことにする。


 しかし、書き手の気分の浮き沈みによって、筆致も大きくぶれてくるものらしい。可愛らしかった丸文字も、戦場に挑むくだりでは荒々しさがもたげてくる。まして、自分について書かれている個所などなおさらだ。


「あの若造は、なかなかやりおる」

 感情のままに書き殴ったような中将の字は、俯瞰ふかんすると達筆に見えてくるから、不思議である。


 しかし、ミーミルはその1行に、いつまでも見入っていた。本心から嬉しかったのだ。




 オーズ夫人はせわしない。手紙の山は端に寄せられ、話題はいつの間にか、お気に入りの次官殿に戻っている。


「先日差し上げた葉巻は、お口に合ったかしら……」

 煙草がお好きだと聞いていたけど、ここではいつもお吸いにならないの――首をかしげるフレイヤを見て、ミーミルは思わず苦笑する。


 ヘビースモーカーの次官殿がここに座り、奥方の機関砲トークに圧倒されながら、煙草を我慢している姿を想像したからであった。



 オーズ邸の滞在時間も3時間を回ると、ミーミルはフレイヤの境遇を思いやることが出来るようになっていた。


 戦乱の空気が渦巻くなか、夫は4ヵ月近く戦場に向かったままである。また、親しい婦人仲間や多くの召使いたちは、帝国軍を恐れて北の諸都市に避難してしまった。


 そうしたなか、軍務省次官は、彼女にとって数少ない茶飲み仲間なのだろう。しかし、その次官殿も職務に忙殺され、このところなかなか来訪がかなわない。


 友人に弟分の来訪が途絶えたこの大きな屋敷で、わずかな使用人たちとともに、彼女は夫の帰りを待っている。食糧不足により、大好きなお菓子にもなかなかお目にかかれない生活に耐えつつ――。



「奥方様は、北の街へ避難されないのですか」


 自然とミーミルの口をついてでた質問に、フレイヤはとした表情になる。


「どうして、そのようなことをお聞きになるのですか」


「北方の各都市には、ご友人が居るのでしょう。それに、あなたも帝国軍が恐ろしくはないのですか」


「……」

 フレイヤは黙り込んだ。


 だが、さして時間を要さず、彼女は返答する。






「……夫が必ず打ち払ってくれると信じておりますもの」

 

 寂しさと照れくささすら取り込んだような、この日一番の微笑みを浮かべて。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


フレイヤの惚気のろけに当てられた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢




【予 告】

次回、「おでこ《第10章終》」お楽しみに。


ラッパ状の袖に隠れていた彼女の小さな手が、片手だけだが再びはっきりと姿を現した。


形良く戦端が鋭利な爪が、ミーミルの顔を狙う。


「「閣下ッ!?」」

階段将校たちが駆け寄るも、奥方の手の動きの方が速かった。ミーミルは身構え、思わず、両目をつむる。

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