【14-8】墓造り 中

【第14章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927859156113930

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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 帝国軍からの遺体返還に応じるか否か――ヴァナヘイム軍はすぐに回答しなかった。


 北方諸都市から、少年兵や老兵が送られてくることになり、その受け入れ準備のため、ヴァ軍では死人に構っている余裕などなかったのだ。


【14-1】掘っ立て貨車

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428239585319



 そうこうしているうちに、帝国陣営からは再度使者が訪れ、申し伝えた。


 いくら初冬とはいえ、遺体の腐乱がひどい。自分たちだけで墓造りするゆえ、その間は一時休戦と願いたい、と。


 新兵合流前の各隊調整のため、ミーミル総司令官はローズル副司令官とともに司令部に不在であった。


 そのため、応対したフルングニル参謀長は、結論保留として、帝国使者にお引き取りを願い出ている。きっと彼自身の本音としては、2度と来るなと魔除けのヤドリギを振りかざしたかったことだろう。


 今度の帝国からの提案についても、あっという間に谷底中に広がった。



 特務兵たちはしばらく押し黙っていたが、1度点いた想いは鎮火しない。そのなかの1人が、申し訳なさそうに沈黙を破った。

「……交代で持ち場を離れることを許可いただけないでしょうか」


「なにぃ?」


「帝国軍の墓造りに、自分たちも参加したいんです」


 下士官は、特務兵から要求された内容を、しばし理解できなかった。


 特務兵から下士官への請願――それについても、総司令官直轄軍から他の諸部隊まで、同様の構図が見受けられた。


 各隊の特務兵たちは、程度の差こそあれ、異口同音に同じ要望を願い出たのである。それらは、タイミングからしても、示し合わせたかのようだった。


「何を馬鹿なことを!」

「墓を掘る暇があったら、塹壕ざんこうを掘れ」

「だいたい、墓標となる大量の木材をどうやって用意するつもりだ」

 下士官による最後の指摘はもっともであり、特務兵は沈黙した。



 ヴァナヘイム国では、民衆の9割がエーシル信仰に帰依している。同信仰では、埋葬したばかりの墓では、白木をもってしるべをつくり、女神に掲げるのだ。


 そして、白木が瑞々みずみずしさを失ったとき、女神が死者を天上に連れ去ったものと解釈されてきたのである。


 ところが、この下士官の言うとおり、ケルムト渓谷はもちろん、イエロヴェリル平原に自生するのは灌木かんぼくばかりであり、木材を確保することは難しい。


 この平原は夏場の気温が上がりすぎ、木々が生育するには不向きなのだ。


 そうした宗教的風習や植物分布から、ヴァナヘイム国発祥の地は、イーストコノート大陸の南方、現帝国東岸領最南端とする説が、宗教学者や民俗学者の間では主流である。



「馬鹿なことを言ってないで、さっさと持ち場にもどれッ」

 下士官は片手で宙を掃くようにして、特務兵を追い散らそうとする。


 指呼の間に帝国軍が布陣するなかで、兵たちが持ち場を一斉に離れることなど、許可できるはずがなかろう。


「お願いです。墓を……」

「……造らせてください」


「貴様ら、上官の命令が聞けんのかッ」

 しつこく食い下がる特務兵に下士官の1人が、ふたたび拳を振りあげた時だった。



「何をもめている」

 太く落ち着いた声に、一同は振り返った。



 声の主は、短身ながら体躯は引き締まり、黒みがかった鳶色とびいろの頭髪は短く、シルエット全体の調和を乱していない。



「そ、総司令官閣下!?」


 他ならぬヴァナヘイム軍大将・アルベルト=ミーミルであった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


なるほど、帝国先任参謀・セラ=レイス中佐は、ここまで見越しての角材だったのだな、と気が付かれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ミーミルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「墓造り 下」お楽しみに。


ミーミルは左手を腰の後ろに置いたまま、うつむきがちに口を開く。

「……断る理由は、ないな」


帝国軍からの提案に対する、ヴァ軍としての回答が決まった瞬間であった。

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