【14-10】風花 上

【第14章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

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 年の瀬がいよいよ押し迫った帝国暦383年12月28日、ケルムト渓谷の北側――トリルハイム城塞の脇で奇妙な光景が広がっていた。


 帝国とヴァナヘイム両軍の兵士たちが、協力してそこかしこで地面を掘っているのである。


 ヴァナヘイム軍戦死者の墓造りであった。


 わずかな停戦期間とはいえ、力を合わせて作業を進めたことで、帝・ヴァ兵士の間に、親近感めいたものが生まれている。



 アルベルト=ミーミル大将も兵士たちとともに、この作業に参加しようとしたが、さすがに幕僚たちによって阻止された。


 いま、総司令官の身に何かあった場合、ヴァ軍は崩壊するからだ。


 代わりに、副司令官・スカルド=ローズル中将等が墓地へ派遣されることになった。



 参謀長・シャツィ=フルングニル少将以下ヴァ軍の幕僚たちは、作業に下士官・兵卒たちを派遣しながらも、渓谷の守備はいつも以上に警戒を強めた。


 帝国軍使が2度訪れた総司令部は、谷底内を大きく移設。各隊の点呼や身分改めも頻繁に行い、帝国からの刺客や間者が紛れ込むことを防いだのである。



 両軍による共同作業は、効率よく進んだ。墓穴を次々と穿うがっては、遺体をテンポよく安置していく。


 墓標には、帝国側が用意した角材が活用された。


【13-1】来着

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【14-5】薪と角材 上

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 この辺りは灌木かんぼくばかりが生い茂り、墓標になるような木々が確保できないことから、帝国軍の配慮は的確であった。



 また、角材を用意したのは、帝国側が敵国の風習を尊重したあかしでもある。


 帝国が帰依きえする太陽信仰の墓標は石板であり、ヴァ国のものと異なる。しかし、帝国側は石板を押し付けるようなことはしなかった。


 角材を適当に裁断しただけの簡易な墓標であったが、そこに戦死者の名前を刻むこともできた。もっとも、身元が特定できる遺体は少数だったが。


 ほとんどの遺体は、腐乱あるいは一部が白骨化しており、麻布でくるまれているものが多かった。


 傷んだ遺骸は、悪臭もさることながら、崩れやすく安置するのに手間がかかった。



 そのなかに、何かのはずみで布の外れた一体があった。それは損傷の少ない、比較的新しい遺体であった。


 しかし、奇妙な遺体でもあった。


「これは、捕虜になっていた者ではないのか」


「はい、この区域に埋葬されるのは、帝国軍にて治療を受けていた者たちと聞いております」


 治療を受けていた捕虜が、どうして頭部を撃ち抜かれているのか――ミーミルの代理で派遣されていたローズルは、首をひねった。


 しかし、鎮魂の儀式の時間が迫っていた。その遺体もすぐに墓穴に納められたため、それ以上彼らが追求することはなかった。




 両軍停戦の時間は限られている。


 墓地の完成をもって、帝国暦384年の正月早々ではあるものの、鎮魂の儀式が慌ただしく執り行われた。


 儀典においても帝国側の配慮が見られた。太陽信仰の僧侶ではなく、ヴァナヘイム国王都・ノーアトゥーンから大神官が招かれ、エーシル信仰流で進められたのである。


 ヴァナヘイム軍からはスカルド=ローズル中将・ファーリ=ムンディル少将(ソルの実父)、

帝国軍からはリア=ルーカー中将・シェイ=グラフ少将と、

両軍から将官クラスの代表が礼服に喪章を身に着け――さすがに勲章の類は控えめに――参列した。


 また、ヴァナヘイム軍では、戦死者の遺族・関係者も参列を許可された。


 行方不明のまま、ひと月が経過した将校は、ヴァ国では戦死扱いにされている。


 墓に納められた遺体は、多くが身元を確認できたわけではない。だが、そのなかに家族がいなかったとしても、かえらぬ夫・父・息子の死後の平安を祈りたい――年末年始の臨時汽車に乗って、王都からトリルハイム城塞に駆け付けた遺族も少なくはなかった。


 喪服の集団のなかには、ストレンド郊外で壮烈な戦死を遂げたアルヴァ=オーズ中将の奥方――フレイヤの小柄な姿も見られた。


【10-10】 フレイヤ

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 寒風吹きすさぶなか、儀式はおごそかに進められていく。白木あらたな墓標群に向けて、大神官によって冥福を祈る言葉がまぶされていった。


 出席を許されたヴァ軍特務兵たちは、涙で頬を濡らしながら、神官の祈りに左膝をつき右手を左胸に当てた。渓谷内で拝んできた大きな女神像を墓標の横に安置する者もいる。


 風に雪がわずかに混ざり始めた。フレイヤは嗚咽おえつのためかがみかけたが、侍女の支えを断り、踏みとどまっている。



 

 同時刻、アルベルト=ミーミルは谷底から、セラ=レイスは原野から、風花かざはなの舞う墓地の方角に向けて、それぞれ黙祷を捧げていた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


鎮魂の儀式には、多くの方の様々な想い・願いが交錯されていると感じられた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


ミーミル・レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「風花 下」お楽しみに。


客車は板を張り付けただけの安普請であり、貨車と呼んだ方がふさわしかった。少年も老人もみな膝を突き合わせて床に座っていた。


「……お、おい、外を見てみろ」

換気口のような、さして大きくもない窓が開くが、たちまち寒風が車内を席巻する。


寒いじゃないか――苦情が、年配兵の口から漏れる。しかし、それらはたちまち静まってしまった。


彼らの目は、窓外の光景に釘付けになっていた。

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