【14-5】薪と角材 上
【第14章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927859156113930
【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)
https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625
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ドリス城塞とその周辺区域を越えると、帝国軍はさしたる抵抗を受けることなく、黙々と北上を続けた。
そして、12月18日、再びケルムト渓谷に、ヴァナヘイム軍を追い詰めたのであった。
「どうだ、砲撃の効果は」
遠く、やや間延びしたような弾着音が響くなか、帝国軍先任参謀・セラ=レイスは、双眼鏡を目に当てながら、観測兵たちに尋ねた。
「……あまり期待できないですね」
「あの谷底深くまで籠られてしまっては、手の出しようがありません」
双眼鏡は、渓谷という渓谷から砲煙が立ち昇る様子を映し出していた。帝国軍の野砲から放たれた弾丸が、次々と着弾している様子も見てとれる。
しかし、それらは表面の岩肌や低木を巻き上げるだけで、渓谷に籠るヴァナヘイム軍に痛打を与えているようには見えなかった。
「やはり、駄目か……」
レイスとしては、谷底に逃げ込まれる前に、ヴァ国中軍を捕捉・撃滅したかった。
しかし、ドリスを城下街ごと焼き払われた上に、敵の
ストレンド方面からも、別部隊を次々と急行させたが、途中の城塞都市を素通りするわけにもいかず、それらの多くが現地調達に
このように、追撃の足を鈍らされた結果、イエロヴェリル平原において、帝国軍はヴァ軍本隊を捕まえ損ねたのであった。ちなみに、そうした実情は、新聞で報道されていない。
ぼやく先任参謀の紅髪を、冷たい風が撫で付けていった。
季節は晩秋を終えようとしている。ヴァナヘイムの地に冬の訪れは遅いが、ひとたび冬季に入れば、その冷え込みは言語に絶する。
あれほど苦しめられた暑気が嘘だったかのように、朝晩の冷え込みは増している。ここ数日、帝国兵たちは薪を持ち寄っては火を焚き、暖を取りはじめていた。
しかし、イエロヴェリル平原は、わずかな灌木以外は岩と土ばかりが広がっており、帝国兵たちは早晩燃料の確保に窮することだろう。
軍支給の外套が届くのはいつ頃だろうか。薄いウールの生地でも、無いよりかはマシだ。
帝国軍にとっては、2度目の平原の冬である。
戦闘が長期化することを見越し、東征軍司令官ズフタフ=アトロンは、早い段階から幕僚たちに木炭準備を指示していた。
この老将は長い戦歴から、冬季滞陣における暖の確保の重要性を知り尽くしている。
しかし、20万人が冬を越すための炭である。その膨大な量は、帝国東岸領の民間商人を総動員しても、一朝一夕で確保できるものではない。
だからこそ、老将は早い段階から指示を出していたのだが、皮肉にもそれは、帝国軍が酷暑に悩まされはじめた時期であった。
そのまま、アルベルト=ミーミルに敗北を喫した帝国軍は、立て直しに忙殺されていく。
アトロン老将が刷新する前の総司令部幕僚たちは、目の前の戦線維持に汗を流しており、冬場の暖など考慮している余裕などなかった。
セラ=レイスたちが参謀に復帰したあと、東岸領での木炭の確保・輸送にようやく本腰を入れはじめたのである。
だが、しばらくはブレギア騎翔隊による帝国輜重隊への襲撃が相次いだこともあり、現段階においても、必要数確保にはほど遠い状況となっている。
帝国軍としては、この地において、これ以上の足留めは避けたい。
ストレンド城塞都市をはじめ、多くの都市群に分散退避できた昨冬とは異なり、この原野に滞在したまま冬将軍を迎えるようなことは、是が非でも回避しなければならないのだ。
「ヴァナヘイム軍は、遂に15歳未満の若年者や、60歳以上の高齢者を前線に送り込みはじめたようですね」
副官・キイルタ=トラフの形の良い唇からは、言葉とともに白い息が漏れ、寒風に流れていく。
【14-1】掘っ立て貨車
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428239585319
「そうだな……」
斥候部隊の報告によれば、ヴァ軍は、壊滅した第1・第2師団の穴埋めに、子どもと老人を刈りだすという禁じ手を使いだしたそうだ。
幼兵と老兵は、家畜同然に貨車に詰め込まれ、前線に送られているらしい。
先任参謀は、紅色の髪を片手で額からすくうと、副官に命じた。
「少し早いが、角材を使う」
【13-1】来着
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428226519532
「火にくべますか?全軍の将兵ことごとく温まることでしょう」
珍しく副長が、くすくすと冗談を口にする。
彼女の蒼みがかった黒髪の上へ、白手袋をはめた上官の手刀がそっと落とされる。
「……死体の数が足りませんが」
「なら、増やせばいい」
頭上に手刀を載せたまま、トラフは感情を消した声に戻る。対するレイスは、まるで足りない食材を街で買い足すかのような口調である。
「……かしこまりました」
トラフは一礼すると、機敏に身体を翻し、天幕を出ていった。
「理解してくれとは言わない……」
レイスは独語しつつ、懐中時計を取りだした。
親指で突起を押すと、かすかな金属音を残して、文字盤とは逆側の
そこには、紅色の癖のある毛髪が、小さく納まっていた。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
夏は暑過ぎ、冬は寒過ぎるヴァナヘイム国は住みにくそうだな、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします
👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758
レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「薪と角材 下」お楽しみに。
「おのれぇ」
どこかに隠し持っていたのだろう。捕虜の1人が、ナイフを片手にトラフの背後から襲いかかった。
「副官どのッ!!」
「中尉ッ!!」
周囲の帝国兵は一斉に叫んだ。
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