【14-6】薪と角材 下

【第14章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927859156113930

【地図】ヴァナヘイム国 (13章修正)

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330651819936625

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「急げッ」


「さっさと出ろッ」


 城塞都市・フレヤの臨時獄舎では、ヴァナヘイム兵の捕虜たちが、帝国兵によって次々と外に放り出されていた。悲鳴とも奇声ともつかない声を上げながら。


 陽は傾き、鮮やかな西日を送りこんできていた。それは、一斉に並べられた銃口を鈍く光らせている。


 捕虜たちは、すぐに自分たちの置かれている状況を理解した。


「捕虜の取り扱いも心得ぬ、無法者どもめ――」

「騎士道精神を忘れた野蛮人め――」

「エーシル神にたたられるがよい――」


 彼らは口々にののしりはじめたが、言語・思想ともに異なる帝国兵たちに伝わるはずもない。



 この場で隣国語を解するのは、兵卒を束ねるキイルタ=トラフ中尉のみであった。


 しかし、彼女は、顔色ひとつ変えずに命じる。

「はじめ」



 罵声は、銃声によって次々とき消されていく。


 丸腰の捕虜たちが、血しぶきを上げてバタバタと倒れていった。



「おのれぇ」

 どこかに隠し持っていたのだろう。捕虜の1人が、ナイフを片手にトラフの背後から襲いかかった。


「副官どのッ!!」

「中尉ッ!!」

 周囲の帝国兵は一斉に叫んだ。









 しかし、繰り出された刃は、蒼みがかった黒髪に触れることはなかった。




 捕虜は彼女の直前で停止し、痙攣けいれんする。




 ナイフが手から滑り落ち、続いて彼自身も力なく崩れた――。



 トラフの右手は、引き金をひいていた。左腰のホルスターごと背後に向けて。


 それでいながら、銃口は上を向き、銃弾は相手の眉間を射抜いていた。

 


***



 床のうえを叩きつけられたサーベルが転がる。


【9-26】帰省 ④ 蝉の声

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 破れた封からは、分厚い札束が顔をのぞかせていた。


【9-27】2つの決意

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「あにさま、キイルタ、ありがと……」

 鉢植えの花は、いつの間にか枯れていた。


【9-40】 落花

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***



「……1,004名を処分しました」

 夕焼けを背に、下士官たちは恐る恐る、キイルタ=トラフ中尉へ報告する。


 彼等が及び腰なのは、手に掛けた捕虜の数の多さからだろうか。それとも、中尉の尋常でない射撃の腕を目の当たりにしたからだろうか。

 

「ご苦労さま。早く母国へかえしてあげましょう」

 兵士たちをねぎらう彼女は、夕陽の順光を浴び、肌をいっそう白くしていた。光を帯びたその口元には、柔らかな笑みを浮かべている。


 兵卒を虜にする「副長殿の微笑」である。



 相次ぐ銃声と悲鳴は、フレヤ城郭内――帝国軍参謀部が置かれた部屋にも届いていた。


 屋外の騒動はなかなか収まらず、アシイン=ゴウラ少尉やアレン=カムハル少尉、それにニアム=レクレナ少尉ほか参謀たちは、お互いに顔を見合わせていく。


 紅毛の上官を遠巻きにして。


 ヴァナヘイム国の民衆に略奪行為を働いたのは、帝国軍兵卒だけではない。


 帝国の名を語り、同族の微々たる財産をかすめ取り、同胞を人買い業者へと売り渡す――この城塞の獄舎に繋がれていたのは、そうした人種ろくでなしが多数を占めていた。


 事情を心得ていながら、若き参謀たちは作戦の端緒に就く――手を下すことに躊躇してしまう。彼等の代わりに汚れ役を引き受けたのは、他ならぬ副長であった。



 銃声と悲鳴が止んだ。


 夕陽はその色をいよいよ濃くしていた。室内をオレンジ色に染め上げ、先任参謀の頭髪も同色に呑み込んでいる。


 彼は右手に懐中時計を握りしめていたが、逆光のため、部下たちからはその表情をうかがうことはできなかった。



 唯一、ソル=ムンディル参謀見習いだけが、彼の脇に立っていた。


 少女の赤髪も夕映えに取り込まれていたが、とがめるようで、それでいて悲し気な表情が、確かにそこにはあった。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


目的のために手段を選ばぬレイスの無理筋について、不快に思われた方もいらっしゃると思います。


しかし、非情の手段に躊躇し時間を空費していたら、またミーミルに反撃の機会を許す恐れもあり……それによって帝国軍将兵の被る損害は、看過できない規模になります。


ドリスのような損害を再発させぬようにするためには、早く戦争終結へと運ぶしかない――レイスとしてはやむを得ない処置でした。


そうした事情をお含みおきいただいたうえ、この先も読み進めていただけたら幸いです。



【予 告】

次回、「墓造り 上」お楽しみに。


「――ついては、帝国騎士道精神にのっとり、勇敢に戦い散っていった英雄たちを、貴国にお戻ししたい」

帝国暦383年12月22日、ケルムト渓谷内のヴァナヘイム軍総司令部に、帝国軍から軍使が訪れていた。


下士官の一人が、特務兵を怒鳴りつける。

「んなもん、戻って来たからどうするってんだッ」


特務兵も負けずに反論する。

「ちゃんと墓をつくり、葬ってやりたいんです」

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