【9-26】帰省 ④ 蝉の声

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

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 凶弾は、少女の背中を貫いていた。


 下手人は分からない。


 エイネが通っていた公園は、山の手に有力貴族の別荘が数多並んでいるが、東都ダンダアクからの御一家が、それらに滞在していたという。やんごとなき身分の方々は、夏季休暇を一足早く取ることなど、平気でやってのける。


 エイネの看病を優先しなければならないこともあり、キイルタも犯人特定にはいたっていなかった。


 特定したところで、上級貴族相手に下級貴族ができることなどない。事件の処理にあたった治安維持隊は、早々に捜査を切り上げている。


 司法の場に訴えたところで、訴訟にすらならないだろう。犠牲になったのは、大半が貧民層の者である。彼らの命など、家畜以下の値打ちしかないのだ。


 キイルタの父・ロナンも、領内における銃乱射事件の捜査について、後味が悪いまま見切りをつけていた。



 ――またかッ!!

 幼馴染の少女から事情を聞いたセラは、紅毛が天をくばかりに嚇怒かくどした。


 この兄妹は、上級貴族の横暴によって資産や地位はおろか父親まで失い、幼少期より艱難辛苦かんなんしんくめてきた。


 彼は怒りのままにサーベルを引っ掴むと、そのまま家を出ようとしたが、キイルタがそれを押しとどめようとする。


「どこに行こうというの!?まさか別荘の貴族たちを、その細いサーベルで1軒1軒、斬ってまわるつもり!?」


 それでも、旧友を押しのけて進もうとするセラの背中に、妹から弱々しい声がかかった。


「あにさま、だめです……」

 エイネは苦痛にゆがむ口元に力を込め、笑みすら浮かべていた。



 あの時と同じだった。


 妹の絵を台無しにした貴族のどら息子に、拳を振り上げ続けたあの時と。


【9-2】向日葵 下

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 あの時と同じになるだろう。


 矜持きょうじだとか誇りだけでは、パンも食べられなかったあの時と。


【9-4】ハイエナ 2

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 妹とともに、どぶ川の畔で途方に暮れたあの時と――。


【9-7】舟出 上

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 セラは、サーベルを腰からはずすと、乱暴に床へ叩きつけた。




 蝉の鳴き声は、衰えを知らない。


 この夏場の昆虫は、帝国本土では南部を除き生息していない。蝉の音は、東岸領に帰省したのだという実感を、セラに遅ればせながらもたらした。



 エイネは、食事を口にする体力も戻らず、日に日に衰弱していった。


 キイルタの父の斡旋あっせんにより、医者は来た。しかし、東岸領の片田舎では、力量のある者はいなかった。


 もちろん、ロナンは東都における病院にも当たり尽くしたが、ブリクリウ派閥の目をかいくぐってまで、往診に応じる医者などいなかったのである。


 薬も設備も不十分だった。傷口は壊死えしし、大量のうみのため、ガーゼと包帯の交換にセラとキイルタは追われた。



 士官学校には、休学願を出した。


 公園における貴族子弟による銃乱射事件について、看病の合間を縫うようにして、セラは1人聞き込みを続けていった。


 この夏は、例年以上の暑さに見舞われている。


 流れる汗を拭うことなく、セラは黙々と歩き続けた。


 陽炎かげろうが登るなか、それを破るようにして、ひたすら歩くのだった。


 蝉の合唱が脳内にこだまし、思わず眩暈めまいを覚えたが、それでも彼は歩みを止めなかった。



 そして、紅毛の少年は、マグノマン家の別荘前にたどり着いていた。


 聞き込みの結果、この家は、平民だった初代当主が紙巻で財を成し、家名ごと買い取ったらしい。


 そして、2カ月ほど前、齢三十も後半になろうとする2代目が、昼間から飲んだ勢いで、仲間たちとを始めたようだ。


 人を狙う……狂った射的ゲームを。



 セラは、さやから数センチほどサーベルを浮かせる。


 鍔元つばもとに顔をのぞかせた剣身は、強い陽光を反射して白く輝いた。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


エイネの症状回復を祈ってくださる方、

サーベルを持った少年セラが、何をするつもりか心配な方、

ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「2つの決意」お楽しみに。


キイルタは、セラの帰宅を待っていた。

少女は、ここ数日考え抜いた末の2つの決意を、少年に打ち明けようとしている。


――エイネちゃんを帝都の病院に連れて行こう。


症状はいよいよ芳しくない。帝国本土の大病院に移さねば、間違いなく最悪の結果が待ち受けているだろう。

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