【9-25】帰省 ③ 神様の涙

【第9章 登場人物】

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【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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 半年ぶりに会った妹は、ひどくやつれていた。


 顔に血の気がなく、表情はうつろなまま、ベッドに横たわっていた。兄との再会に喜色を浮かべるも、苦しそうに吐息し、ただ涙を流すのであった。



 帝国貴族の子弟の間では、人間を相手にした射撃が行われることがある。


 自国の最下層の者たちや占領地の領民がになるわけだ。貴族の馬鹿息子たちにとって、それらは鳥や鹿であり、自分たちと同じ種族という認識がそもそもない。


 豪奢な軍服に身を包み、戦場のはるか後方にしか臨んだことのない貴族子弟が、その欲求不満解消のために、こうしたにのめりこむのだ。


 それによって、十代・二十代の若者ばかりでなく、三十代・四十代のいい年をした者たちまでを語る――そうした救いようのない話が、帝国各地で聞かれるようになって久しい。


 つい先日も、キイルタの父の領内で、同様の事件が生じている。


【9-19】2人の少女 下

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 エイネは、草花をスケッチしようと訪れた公園で撃たれたのだという。


 季節折々の植物が花開くその公園は、平民たちの憩いの場であった。レイス家の領外ながら、ときおり少女もそこへ通っていた。画材のほか、サンドイッチや水筒とともに乗合馬車に揺られて。小川に掛かる石橋を渡り、水車の回る小屋の脇を抜けて。


 公園内の一角には、フューシャの花々が無数に散りばめられた垣根があった。真っ赤な花弁と白い芯の可憐さに、エイネはあおい瞳を輝かせた。



 その生け垣の前に座ると、エイネは画帳を開き、鉛筆を動かしていく。はじめは慎重に、次第に大胆に。


「なんて、素晴らしいのでしょう……」

 少女の描く花々の見事さに、老婆が杖とともに足を止め、画帳をのぞき込む。


 この花は、もともとイフリキア大陸の原産だという。暖流のおかげで帝国東岸領の温暖な気候に適しており、毎年、この公園でも見事な花を咲かすのだそうだ――彼女は、そう教えてくれた。

 

 また、釣鐘つりがね状の花の形から、

「この土地では『神様の涙』とも呼んでいるのよ」

 微笑ほほえみながら解説を終えると、その老婆は杖を片手にゆっくりと歩みを進めていった。



 夏の入りの午後、公園内には爽やかな風が吹きはじめていた。


 エイネが水筒を片手にひと息ついたとき、突如として貴族子弟たちのが始まった。


 散歩に談笑、それに午睡――訪れた者たちが思い思いに過ごしていた公園は、たちまち混乱に包まれた。



 画帳も鉛筆も放り捨て、エイネは公園からの避難を誘導した。


 親とはぐれた子どもや、仲間を見失った高齢者たちに姿勢を低くするよう呼びかけて。


 銃声に加えて、貴族たちによる高笑・戯笑ぎしょうが響くなか、大方の者たちが園外への脱出に成功する。ほっと息を吐いた少女が振り返ると、赤い花々の根元で、先に言葉を交わした老婆が転倒していた。


 エイネは子どもたちに背を向け、銃声こだます園内に再び取って返す。駆け寄ると、老婆はどこかに杖を落としてしまったのだという。



 紅髪の少女は、それを助けようとして体を起こしたところを狙撃されたのだった。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


エイネの怪我が心配な方、

人を人とも思わぬ貴族の振舞いに腹を立てられた方、

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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「帰省 ④ 蝉の声」お楽しみに。


「どこに行こうというの!?まさか別荘の貴族たちを、その細いサーベルで1軒1軒、斬ってまわるつもり!?」


それでも、旧友を押しのけて進もうとするセラの背中に、妹から弱々しい声がかかった。


「あにさま、だめです……」

エイネは苦痛にゆがむ口元に力を込め、笑みすら浮かべていた。

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