【9-24】帰省 ② 腰の抜けた航海

【第9章 登場人物】

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【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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 来る日も来る日も、夏の海が広がるばかりであった。


 海面にも、その上を進む船体にも、さらにその上で翼を休める海鳥にも、分け隔てなく陽光が燦々さんさんと降り注いでいる。


 床を埋め尽くすほどの乗客である。人いきれによって、船内は蒸し風呂のようになっていた。


 閉口したレイスは、甲板で過ごすことにした。船体の影にアンペラを敷き、日々潮風に当たりながら横になっている。煙突がまき散らす煤煙が多少気になるものの、船内よりはマシであった。



 民間の学校は、一足早い夏季休暇となっている。


 長期休暇を利用して、キイルタ=トラフは東都・ダンダアクから、東岸領北方にあるトラフ家第2領地に来ていた。そこからレイス家領・スリゴまでは、目と鼻の先である。


 その実は、兄の留守番を続けるエイネの様子うかがいと、必要に応じた世話をするためであろう。以前の妹の手紙にも、キイルタが遊びに来てくれたと書かれていた。


 領内の教会学校に、いくらかの友達がいるだけのエイネである。キイルタとお茶を飲みながらおしゃべりをしたのが、とても楽しかったようだ。


 あの幼馴染には、世話になりっぱなしである。世間体裁上、レイス家とトラフ家は、仲違なかたがいをして久しい間柄だというのに。


【9-5】ハイエナ 3

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 今回、そのキイルタが、レイス家の館に到着早々、急報を陸軍士官学校のセラ宛に打電したようである。


 キイルタからの続報によると――電報のため、その詳細までは不明だが――エイネの体調は相当悪いらしい。


 セラは詳細を知りたかったが、無電技術は未熟であった。


 東海岸からは島伝いに、時には洋上を往来する船舶を経由して、帝国本土にもたらされた。


 そのため、長文送信は不可能であり、また手紙ほどではないものの、通達に大変な時間を要した。



 流行りの病にでもかかったか。


 事故にでも遭ってしまったか。


 早く妹を見舞いたいと想いは募るばかりだったが、甲板に横になるセラにはどうしようもない。錆びた鉄柵の先に広がる大海アロードは果てしなかった。



 あくる日も、セラのあおい両目に映るのは、瞳の色素よりも濃い大海原であった。舷側を通過する島影がわずかに異なるほかは、時折行き交う船舶の白波が遠くに見える程度である。


 父と妹との都落ちの際や1人での士官学校入学の折にも乗船した3等船だったが、その鈍足ぶりにこれほどイラついたことはない。


 老朽船の悲哀であろう。洋上の推進力のとぼしさもさることながら、いちいち点在する小島に立ち寄っては、石炭や真水を積み込むのである。


 燃費の悪さに加え、石炭庫や真水タンクが狭小なためであった。夏の中央航路は、気候も安定しているが、まるで時化しけおびえているかのような腰の抜けた航海だった。



 食事は出航して3日で、生鮮食材が提供されなくなった。島々に立ち寄る割に、石炭と水以外は補給しないようであった。安い船賃維持のなせる業といったところだろう。


 硬いパンは、戦場での軍支給のものの方がいくぶんかマシであり、空腹を紛らわすための作業に過ぎなくなった。


 気晴らしに本を開いても、すぐに閉じてしまった。妹のことばかりが気になって、内容が頭に残らないからだった。


 点鐘てんしょうの音が響いているが、割れがねの音は不快であり、数える気にもならなかった。時刻を確認したところで、このボロ船の速力が上がるわけでもない。


 寝そべりながら、傍らの紙袋に左手をつっこむ。しかしてのひらが知覚するものはなかった。半身を起こし、紙袋をさかさまにしてみる。しかし中からは、菓子くずがパラパラと落ちるばかりである。


 エリス港で買い込んだ焼き菓子も、底をついてしまったようだ。


 セラは舌打ちをすると、紙袋をくしゃくしゃにつぶした。





 


【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


鈍足船の旅は、なかなかしんどそうだな、と思われた方、

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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「帰省 ③ 神様の涙」お楽しみに。

少年レイスはようやく自領にたどり着き、妹と再会します。


半年ぶりに会った妹は、ひどくやつれていた。

顔に血の気がなく、表情はうつろなまま、ベッドに横たわっていた。

兄との再会に喜色を浮かべるも、苦しそうに吐息し、ただ涙を流すのであった。

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