【9-23】帰省 ① エリス港

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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 旧友からの電報を受け取ってから程なくして――民間の学校に遅れること半月――士官学校は夏季休暇に入った。


 終業式が終わるや、コナルは礼服姿のままセラのもとに走り寄り、せわしなく耳打ちする。 

「家の馬車を校門に待たせてある。セントラルステーションからの特急列車の切符も用意させた。早く行け」


「すまない、恩に着る」


 校外の者と電話連絡を取ってはならない――御法度を破ってまで、協力してくれた級友に、満足な礼を伝えることもできずに、セラは学校を後にする。そして、中央駅で汽車に飛び乗ると、エリス湾へ向かった。



 帝国本土随一の港・エリスは、活況を呈していた。


 25番まであるホームには、帝国本土各地から分単位で汽車が滑り込んできては、煤煙と蒸気と乗客を次々と吐き出していく。


 広大な駅舎を抜けると、巨大な港湾が視界に入る。


 岸壁から沖に向けて無数に伸びる桟橋には、七大海をわたり、五大陸の沿岸諸都市を結ぶ船舶が、途切れることなく出入りしている。



 ここから、東岸領最大の港・ダブリン行きの定期船に乗ろうとしたが、セラは乗船切符を手に入れることに難儀してしまう。

 

 士官学校の夏休みは1カ月ほどしかないことや、旅費節約などの事情により、この夏帰省する予定のなかった彼は、船探しから始めねばならない。



 世間における夏季休暇は、いくぶんか過ぎていた。まもなく8月になろうとするこの時期、エリス港の旅客は入れ替わっている。


 大海アロード横断は、船足で2週間弱を要する。東岸領に帰省する貴族たちは、とうに港を発っていた。代わりに、大海ただなかのリゾート島で余暇を過ごそうとする貴族たちが、旅客の大多数を占めていたのである。


 そのため、エリス港を発つ1等快速船は、ほとんどがダブリンまで行かず、途中のリーア諸島で折り返してしまうばかりであった。


 夏の大海の事情である。どの船会社も貴族様の利用が見込めない航路に、新鋭の船舶を行き来させることはない。


 東岸領行きを希望する平民になど、鈍足な老朽船でもあてがっておけばいいのだ。その3等船舶すら、この時期は数が足りず、満席の状態が続く。


 もっとも、相部屋に雑魚寝と、定員の3.5倍の平民を押し込んでも、1隻あたりの船賃の上がりは、定員利用の貴族には及ばない。



 片道1週間の優雅な船旅と、プライベートビーチを有する島での静養に浮かれる貴族たち。乗船準備が整うまで、港湾を臨む大きなカフェにて、彼等は優雅にお茶を楽しんでいる。


 3等船舶の過酷な船旅を前に、沈鬱な雰囲気に沈む出稼ぎ労働者たち。彼等は港湾建物の日影でシケモクやスキットルをちびちびやっている。


 それらの合間を少年・セラは奔走した。


 リーア諸島まで行って、そこでダブリン行きの船に乗り換えることも考えたが、大海アロードのほぼ中央に浮かぶ島々への船は、あいにくどれも満室であった。



 途方に暮れた少年がふと見やると、貨物列車から降ろされた物品や港湾倉庫から運び出された木箱が、荷馬車に積み替えられ埠頭ふとうへと運ばれていく。「7番だ」と先頭車両の御者たちが大声で交わしていた。


 7番埠頭には、まさにリーア諸島へ向かう大型客船が停泊している。これからリゾート諸島で過ごす貴族やその使用人たちの私物であろう。


「……」

 少年はふらふらとその荷馬車の行列を追いかけ始めた。上手くすれば、これら荷物とともに船内へ忍び込めるのではないか。


 セラは小走りになって最後尾の車両の1台に並走すると、タイミングよくその上に飛び乗る。


 ――しめしめ、上手くいった。


 このまま船内へ入ってしまい、積荷の間で息を潜めていればよい。沖に出た頃合いに、甲板に抜ければよかろう。途中で見つかったとしても、まさか海に突き落とされはしまい。


 何より、あの新鋭船舶であれば、足も速く揺れも少なそうだ。


 積荷の1つに体を預け、セラは少しの間くつろごうとした。しかし、揺れる車上にあったそれは、鉄格子てつごうしのような造りであり、なかなか体の収まりが悪い。


 ――ん、鉄格子?

 何故ここにおりがあるのだろう。

 






 グワゥッ!!


 彼が疑問を抱いたのと、大きな猛獣に吠え立てられたのは同時だった。



 驚いた反動で、セラの体は車外に放り出される。


 不意打ちをくらった少年は無様にも車路の上に落ち、勢い余って転がった。



 腹に響くような咆哮を、湿り気ある息とともに見舞われたのである。セラの心臓は、早鐘のように鳴っている。


 どうしてライオンなどを連れてヴァカンスに向かうのか。


「貴族の趣向って分からねぇ……」

 頭を下にして、車列を見送りながら少年はぼやいた。



 猛獣との船旅はご免こうむりたい。やむなくセラは、キャンセル席の出たダブリン行き3等船に飛び乗ったのである。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


コロナが落ち着いたら船旅に出たいな、と思われた方、

少年セラは、意外とチキンなのね、と思われた方、

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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「帰省 ② 腰の抜けた航海」お楽しみに。

少年レイスが、自領に戻るまでの船旅は続きます。


来る日も来る日も、海が広がるばかりであった。


舷側を通過する島影がわずかに異なる程度であり、あくる日もセラのあおい両目に映るのは、瞳の色素よりも濃い大海原であった。

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