【9-19】2人の少女 下

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

【世界地図】航跡の舞台

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927860607993226

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 帝国東岸領の片田舎・スリゴ――領主の小さな館では、エイネとキイルタの歓談が続いている。


 ――もう少し、あにさまのことをお話ししてあげましょうか。


 士官学校の朝5時半の起床も、牛乳と新聞の同時配達よりは楽だ。

 訓練はそれほどではないが、意味もなく殴られるのが参ってしまう。

 試験で学年1位を取った。

 頬と瞳の色が左右異なる友人が出来た。


 紅髪の少女は、兄からの手紙に書かれていたことを、黒髪の幼馴染に紹介していった。


 ――キイルタ、近い。

 あにさまのエピソードを1つするたびに、彼女は灰色の瞳を爛々らんらんとさせ、椅子ごとこちらに近づいて来る。パウンドケーキも紅茶も置き忘れて。


 しまいには、彼女のやや犀利さいりな鼻先が、エイネのそばかす薄らいだ頬に刺さりそうなまでに迫っていた。


 このまま鼻息を当てられていてはたまらない。エイネは、話題を転じようと試みる。

「そ、そうだ、あにさまは毎週たくさんのお手紙をいただいているそうよ」


「手紙……」

 エイネの試みは成功したようだ。キイルタの瞳は、たちまち冷静さを取り戻していく。


「多いときは、山盛りになるみたい」


「たくさんの手紙……ですか」

 キイルタは、ここでの敬語禁止を忘れているようだ。


「うん、とても良いがするお手紙みたい」


 その刹那せつな、キイルタの片眉が、微妙な湾曲を描く

……」


 ――あ。

 しまったと、エイネが口に手を当てた時には遅かった。


「恋文……女ですね……」

 蒼みがかった黒髪が、にわかに逆立ち始める。


「あの人、恋文をたくさんもらったとエイネさま……ちゃんに自慢しているのですね」


「キイルタ、ち、ちがうのよ。これは、あにさまのお友達から……」


 黒髪の少女の耳には届いていないようだ。

 

 キイルタの頭のなかでは、ラブレターの山を妹に誇示する残念なセラ像が出来上がっているに違いない。


 ――そんな、あにさま像は壊さなきゃ。


 しかし、エイネは事態の収拾方法が分からなかった。

 ――「男の人からもお手紙が届いているみたい」などと言えばいいのかしら。

 

 きっと訳の分からない状況に陥ることだろう。


 ――あにさま、ごめんなさい。

 エイネは心の内で、帝都の兄に向けて詫びた。




 女子会が宴たけなわのうちに、陽は西へと傾いていく。


「ロナンやみんなは、元気にしてる?」


「はい……父は、先日の銃乱射事件の対処がようやく落ち着きました」


 ここのところ、大きな戦争がないためか、欲求不満と自信過剰に胸膨らませた貴族の子弟たちが、平民相手に発砲する事件が増えている。


 どこぞの子爵が所有する郊外の森――そこで行われた巻狩の帰り道、鳥獣だけでは満足しなくなった者たちが、酒に酔った勢いで騒動を起こしたらしい。折悪くそこはトラフ家の領内であった。


 貴族階級は、帝国法の治外法権である。まして、ブリクリウ派所属というおまけ付きであった。キイルタの父は、その事後処理に相当、骨が折れたようだ。


 もはや、この帝国東岸領では、ブリクリウ派にあらねば、人にあらずといった雰囲気がただよい始めている。

 

 なんとなく重たい空気になってしまったので、エイネは話題をそらす。


 ――やはり、あにさまのお話がいい(キイルタの圧はすごいけど)。




 帝国本土でのセラの様子をたくさん聞けてキイルタはご満悦な様子である。そんな幼馴染に向けて、エイネはさらに声を掛ける。


「でもね、ああ見えて、あにさまはすごくもろいところがあるの」

 せっかく話題を変えたというのに、1つ1つの言葉の響きが、どうしても重苦しいものになってしまうのは、如何ともし難い。


 血反吐をはかせるまで相手を殴りつけても、止められないこぶし


【9-1】向日葵 上

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 パンを売ってもらえず憔悴しょうすいした様子で戻ってきたとき、医者に相手にされず泥まみれで戻ってきたとき――子々孫々まで許すまじと、物語っていたあおい眼差し。


【9-4】ハイエナ 2

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「……だからキイルタ、この先もあにさまをお願いね」


「そんな……あ、あたしの方が、中途半端で、どうしようもなくて……」

 自嘲めいた言葉は続かず、キイルタはそこまでで黙り込んでしまう。


 1人で道を切り開いて行くセラに、どのような手助けが必要だというのか。そもそも彼は、東岸領にすら居ないではないか。


 彼女の灰色の瞳は、そのように物語っていた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


エイネとキイルタの女子会、楽しんでいただけた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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エイネとキイルタが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「学園生活 ⑥ 砲術」お楽しみに。


再び、物語は帝都の士官学校へ。


初回の授業で、轟音にさらされたセラは、たちまち砲術のとりこになった。この紅毛の少年は、放課後も教官室を訪れ、様々な質問をぶつけるようになっていく。


軍における砲兵の地位を示すかのように、砲術教官室は学園敷地の北の外れ、発電小屋の一室にあった。しかし、セラは、屋上での昼寝時間を減らしてまで林に分け入り、このレンガ積みの建物に足繫く通った。

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