【9-20】学園生活 ⑥ 砲術

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

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 帝国士官学校では、学生たちに不人気の講義がいくつかある。

 

 その筆頭が「砲術」である。


 野砲・山砲・機関砲などの仕組みから、砲弾の指向性、そして発射諸元の割り出しまで、砲兵としての多種多様な専門的知識を学ぶ科目である。


 砲身砲架の仕組みについては力学――物理学。

 砲弾については火薬――化学。

 発射諸元については三角関数――数学。


 このように、砲術を理解するためには、学生たちは理系知識の大博覧会を各々脳内に展開させねばならなかった。文系科目を得意とする生徒には、苦行以外の何物でもない。


 授業内容の難しさもさることながら、奇妙奇天烈きてれつな指導教官・フェイルノート=オードナンスも「砲術」講義の不人気ぶりに拍車をかけている。


 この、帝国随一の砲の権威は、高級貴族の出である。しかし、彼は家柄など気にも留めず、いつも砲煙で薄汚れた白衣に袖を通していた。そして、白髪頭を振り乱しては、複雑な弾道計算を黒板に書き殴っている。



 彼の講義は、その内容についても独創的であった。


 初回から、いきなり大砲をぶっ放してみろ、という。


 学生たちに供された1門の旧式砲は、触っていると手や腕、制服が汚れる上に、斜角調整が小難しいなど、扱いが面倒であった。


 結局、オードナンス卿の手取り足取り――生徒から槊杖(さくじょう)ひったくり、梯子棒を持つ学生たちを乱暴な物言いで動かし――をもって、ようやく発射に至るわけだが、その折、学生たちは鼓膜を破るような轟音と、視界を失うような黒煙にさらされた。


 挙句、目標として掲げられた大白旗をはるかに飛び越しての着弾も「砲撃とは当たらぬものなのだ」と教官に開き直られては、学生たちはたちまち嫌悪感に包まれ、いよいよ「砲術」への忌避感がはぐくまれるものだ。



 そもそも、砲兵など、騎兵と歩兵の露払い役に過ぎない。戦闘序盤に砲弾を交換するだけの部隊など、どうしていちいち学ばなければならないのか。帝国軍の編成事情からして、貴族子弟たちのモチベーションは振るわなかった。


 彼等にとって、絢爛けんらんな制服に身を包み、毛並みつややかな馬にまたがる騎兵こそ戦場の華であり、油と煤に汚れた砲兵など、輜重しちょう隊とともに泥にでもまみれていればいいのだ。


 ジョージ達は、指導教官を陰で嘲笑あざわらったが、コナル等他の学生たちも多かれ少なかれ、同じような気持ちを抱いたのであった。



 しかし、少年セラだけは異なった。彼の頭のなかでは、いつも様々な知識の運動会が行われていたので、理系学問の総動員も自然とやってのけた。


 何より彼は田舎領主の下で、義勇兵として実戦を経験している。その際、旧式かつわずか2門であったものの、砲兵による援護射撃のありがたさを痛感していたのである。


 初回の授業で、轟音にさらされたセラは、たちまち砲術のとりこになった。この紅毛の少年は、放課後も教官室を訪れ、様々な質問をぶつけるようになっていく。


 軍における砲兵の地位を示すかのように、砲術教官室は学園敷地の北の外れ、発電小屋の一室にあった。しかし、セラは、屋上での昼寝時間を減らしてまで林に分け入り、このレンガ積みの建物に足繫く通った。



 訪問早々、その特徴的なあおい瞳をキラキラと輝かせ、「『散布界さんぷかい』は何百メートル以内に収まれば及第点きゅうだいてんか」尋ねるのである。


 官立砲術研究所から、陸軍士官学校教官に異動すること10年、オードナンス卿は、このような学生に出会ったのは初めてであろう。


 奇抜な白髪の砲術教官は、風変わりな紅髪の生徒を可愛がった。この日は、人手に余裕がある――級友コナルを連れていた――ことを良いことに、プロトタイプの野砲を試射すると言い出したのである。


 わざわざ馬匹ばひつまで借り出し、帝都郊外の原野まで、試作砲を引きずって行っての射撃実験が行われた。









 

 結果は、散々であった。



 腔発こうはつこそ起こさなかったものの、教官と2名の生徒は、全身すすまみれになった。


 コナルは、その特徴的な両頬とも黒く厚化粧を施された。


「……尾栓びせんの造り付けが悪かったな」

 オードナンス卿は真っ黒になった頭をかきながら、煤煙くすぶる試作砲に屈みこんでいる。


 ――砲術とは、やはり奥が深い。

 

 帝国随一の砲の権威も間違えることもあるのだ。顔面はおろか髪まで黒くなったセラだったが、瞳だけはあおく輝いていた。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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セラとコナルが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「学園生活 ⑦ 図上演習」お楽しみに。


成績優秀者どうしの図上演習に、セラが挑みます――。

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