【9-2】向日葵 下

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

【世界地図】航跡の舞台

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927860607993226

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 生徒たちの取り巻きの中心では、少年セラ=レイスによる凶行が続けられている。


 綺麗な花の絵だった。


 夏らしい黄色い大きな花が、油絵具でキャンパスに力強く描かれていたはずだった。


 そうした妹の大切な作品を、帝都展覧会出品間近に、この上級生はナイフで切り刻んだのだ。


 あまつさえ、その刃物は妹の右手まで狙った。自分の存在意義を脅かす作品が、二度と生み出されぬように、と。


 だが、凶行に及んだ上級生の親は、芸術一門を統べる高位貴族である。


 しかも、この高位貴族は、日の出の勢いたるオーラム家と懇意にしている。子が罪に問われることはないだろう。


 裁判に申し立てたところで、審議されることなく訴えの取り下げを命じられるに違いない。


 セラが激発するきっかけになった安い挑発にも、そうした余裕がこの上級生からにじみ出ていた。



 ――大人の事情で裁けないのであれば、帝国法が頼りにならないのであれば、被害者の兄である僕が、鉄槌を下してやる。


 ――こいつには、頬骨がくだけるだけでは足りぬくらい、報いを受けてもらわねばならない。


 妹が制止に入ってからも殴り続けること十数発、ようやくセラは拳を止めた。


 相手は朱に染まり、大の字に横たわっている。先ほどから何らの反応も示さなかった。血反吐のため、どこまでが顔なのかも判然としない。


 しばらく息を整えていたセラは、ゆっくりとエイネに振り返った。


 兄の拳、胸元、頬と返り血がべっとりこびりついていた。どす黒い色に染まった袖は、かさかさに乾いている。


 後難を恐れ、取り巻きの貴族子弟たちは、みな悲鳴を上げて逃げ出す。


 妹は傷ついた右手をかばうことも忘れ、無言のままセラを抱きしめた。


 エイネは血糊ちのりが付くのもいとわず、兄の胸元で静かに泣いた。




 ブリクリウ一派は執拗しつようであった。


 内務省次官・エティブ派閥の貴族に対するいわれなき罪状が次々と見つかり、それはレイス家も無縁ではなかった。


 同家には、学校での長男の暴力行為という致命的な減点も重なった。


 遂に父・ゲラルドは、貴族の地位をはく奪されたのである。


 代々切り盛りしてきた所領は、紙切れ1枚であっけなく没収された。


 身分を失った以上、レイス一家は、帝都の高級官僚邸宅も明け渡さなければならない。


「ととさま、どうしても、おひっこししなければいけないの?」

 幼い娘の言葉に、父は寂しそうに笑うだけだった。



 紙切れを突き付けられる数日前、この屋敷に押しかけて来た中級貴族たちの存在に、レイスは気が付いていた。


 夜中、かわやに立った折、父の書斎から灯りとともに漏れていた男たちの口上は、概ね次のとおりだった。


 ブリクリウ課長側に付け。

 手土産として、次の監査にてエティブ次官派の貴族をおとしめる証拠を仕込め。

 そうすれば、同次官一派追放後、その所領の一部を分け与えてやろう。


 ゲラルドは、そうした提案を丁重に断り、屋敷からの退去を促した。




 地位を追われたゲラルドは、帝都を抜け大海アロードを渡ることにしたのである。


 所領を没収はされたものの、レイス家発祥の地は、大海原の向こう――帝国東岸領にあったためである。


「あにさま、あたらしいおうちに、おはなをもっていっては、だめなの?」


「……」


 屋敷の前面に広がる花壇を、妹は名残惜しそうに見つめていたが、少年は視線を真っ直ぐに、そして遠くを見つめていた。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


セラの暴力行為について、

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【予 告】

次回、「ハイエナ 1」お楽しみに。


大海を東に渡っても、レイス一家に安寧の日々は訪れなかった。


ゲラルドは、算術や識字の能力を生かし、東都郊外の小さな私学校で教職を得ていたが、長くは続かなかった。

ある日の夕方、学長室に呼び出された彼は、突然の解雇を申し渡されたのである。

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