【9-40】 落花

【第9章 登場人物】

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【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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 ほどなくして、レイス領・スリゴの街は、残暑がぶり返していた。間もなく10月とは思えないような日差しが続く。


 エイネの部屋には、腐臭が漂い、ハエがたかるようになっていた。



 キイルタは、灰色の瞳に涙を浮かべながら、何度も玄関先を行き来した。


 そこに先生が居てくれるのではないかと。扉にぶつけた鼻頭を押さえ、うずくまりながら。


【9-28】 呼び鈴

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 しかし、少女が何度となく木扉を開け閉めしても、ゴンという手応えを知覚することはなかった。


 ぶかぶかの白衣に大きな黒革鞄を引きずった名医は、現れなかった。




「あにさま、キイルタ、ありがと……」

 かすれた声で短く謝意を伝えると、エイネは永い眠りについた。



 窓辺に置かれていた鉢植えは、いつの間にか花弁がすべて落ちていた。




 数日後、スリゴ領内のオーク教会にて、質素な葬儀が営まれた。


 トラフ家からは当主・ロナンとその娘・キイルタに老執事。ゴウラ家からは当主・フインとその夫人に内政補佐官たち。スリゴの村からは役場の者たち、それに、教会学校にて読み書きを共に習っていた少女たちが、それぞれ参列した。



 キイルタの灰色の瞳に映えるほど、ひつぎのなかには、たくさんの生花が入れられた。


 エイネが好きだった、色とりどりの花。


 明るい花々に囲まれ、やつれきった少女の表情は、いくぶんか明るさを取り戻したように見えた。


 しかし、セラはいつまでも草花を運び続けた。


 彼は、村の花屋が在庫を切らすほど買い占めた。それに飽き足らず、公園の花壇からも抜き去りはじめる。それを禁じられると川辺や土手に自生の花を求めた。


 柩にはもちろん入り切らず、それを運ぶ馬車の荷台にも花々は納められていく。

 

 教会へ柩を運ぶ時間になっても、セラは花集めを一向にやめようとはしなかった。彼の腕をキイルタがつかんでも、何やらつぶやきながら、花を運び続けようとする。



 黒髪の少女の鋭利な耳は、紅髪の少年の口から漏れ出た言葉を、かすかに聴き取ることが出来た。


 誕生日おめでとう。今日は塩漬け肉か。二番水も用意した方がいいな――嗚呼、彼のあおい瞳には、生前の妹の姿が映っているのだろう。


【9-8】舟出 中

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 あにさまをお願いね――。



 キイルタはやむなく、力いっぱいセラの片耳を引っ張った。


 両手から雑草が落ち、そのまま両膝をついて、彼はようやく止まった。




 満杯の花とともに、柩は閉じられた。


「いまの俺の力では、この程度のことしかできない……」

 埋葬される柩を前に、セラはすすり泣いた。


 キイルタほか参列者がかたわらにいることも忘れているかのように、うめくようにして泣いた。



 ひぐらしの声がひとすじ、消えていった。




 



【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


今話での下船を余儀なくされたエイネ――その冥福を祈っていただけましたら、幸甚です。


船には、セラ・キイルタが残されました。その航跡を見守ってください。



【予 告】

次回、「もう1つの決意」お楽しみに。

長かった第9章も最終話を迎えます。


エイネのささやかな葬儀が終わった。

参列した人々は、目頭を押さえつつ散会していった。


しかし、キイルタは最後まで泣かなかった。

彼女は、エイネがずっと過ごしていた部屋に戻ると、ベッド周りから片付けていく。


鏡台の引き出しのなかから、小さな紙袋が出て来た。


キイルタ、あたしね、ダイアン先生に特別なお薬を処方してもらったの――。

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