【9-39】 返電なし

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

====================



 一晩中続く咳嗽がいそうは、紅髪の少女を衰弱させていく。



 ――早く先生に連絡を!

 キイルタは焦った。


 2カ月に1度の往診など、とても待ってはいられない。ダイアン女医には、すぐにでも戻って来ていただかねば。


 しかし、この広いイーストコノート大陸において、ダイアンはいま、どこに居るというのか。


 キイルタは、女医を見送ったあの日、彼女と交わした会話を必死に思い出す。


 次は、ヴァナヘイム国へ足を伸ばす――先生は確かにそうおっしゃっていた。


 隣国で知り合いがやっている小料理屋――そこのメニューがどれも絶品なんだとか。


 お店の名前は、確かきのこの名前だった気がする。

 ――トリュフ?マッシュルーム?嗚呼、分からない。


 こんなことなら、ヴァナヘイム語の学習をさぼるべきではなかった。キイルタは、己の勉強不足を悔やんだ。


 しかし、店舗名が分かったところで、果たしてあの方向音痴の先生が、そこにたどり着けているだろうか。




 止まらぬ咳のため、エイネは食事もままならなかった。嚥下えんげしようとすると、すべて吐き戻してしまうのだ。

 

 食事の量がさらに細くなると、エイネの容体は急激に悪化していった。



 ダイアン女医とは、いまだ連絡がつかない。


 実家にも電報を打った。父・ロナンはすぐに家の者をヴァナヘイム国に派遣してくれたようだ。




 キイルタは、「緩和措置」として女医から教えられた処置方法も取り入れた。


 熱めの湯に浸したタオルをわずかに絞り、患者の胸に当てるのである。温熱効果で気道が開くと同時に湿度ももたらすため、幾分か呼吸が楽になるという。


 熱タオルを胸の上に乗せたことで、エイネを悩ませ続けた咳が和らいでいく。


 ――これなら行ける、先生の次の往診まで、何とか繋いでみせる!

 手応えを覚え、キイルタは小躍りした。



 そして、何度目かのタオルを、少女の胸の上に置いたときのことである。指先に、わずかながら赤いものがついたことに、キイルタは気が付いた。


 ――血?


 エイネはいまのところ、吐血していない。


 もちろん、キイルタ自身も怪我などしていない。



 ――ッ!?

 エイネの肋骨下部にキイルタは見入った。



 傷口に当てたガーゼか赤く染まっている――銃創が再び割けて、そこから出血が始まったのだ。


 キイルタは、目の前が暗くなるのを自覚した。




 温熱療法も、効果が見込めたは初めのうちだけだった。


 銃創手術跡の裂傷は、咳嗽がいそうとともに拡がっていく。


 咳のため、エイネは水を嚥下えんげすることすら億劫のようで、咳止めや痛み止めを服用するのも一苦労であった。かろうじて飲み下した分量では、痛みの緩和は限定的のようだ。



 上位貴族の横暴に自業自得が重なり、幼馴染が最後の家族を失おうとしている。

 

 薬の塗布、包帯の交換、体の拭き清め、着替え、シーツの交換――セラはのめり込むようにして、妹の看護を繰り返していた。


 だが、そうしている間に、名医が残した飲み薬も塗り薬も、使い切ってしまっていた。それらを包んでいた紙袋が、テーブルの上でくたびれた姿をさらしている。



 名医・ダイアンの到着はまだかと、キイルタは電報を打ち続けた。



 しかし、実家からの返電はなかった。






【作者からの解説・お願い】

ヴァナヘイム国の小料理屋の名前は、「バー・スヴァンプ」です。

王都セントラルステーション近くにある、マッシュルーム型のお店。


【5-11】少女の冒険 ⑤ 食卓

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054894256758/episodes/16816927860170134216


同国軍務次官・クヴァシルや、赤髪の少女・ソルのお気に入りであるママの味は、女医ダイアンの舌もうならせたようですね。



この先も「航跡」は続いていきます。


キイルタの病魔との戦いに胸打たれた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢




【予 告】


次回、「落花」――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る