【9-38】 帰館

【第9章 登場人物】

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 雨は、いよいよ土砂降りの様相を呈していた。


 降雨と同時に襲ってきたのは、残暑の存在など忘れたかのような肌寒さであった。



 レイス家の小さな館は、静まり返っていた。


 キイルタは、タオルと着替えを用意し、暖炉に火を入れて2人を待っていた。


 2人はもう帰ってこないのではないか――胸騒ぎに心が潰されそうになりながら。




 兄妹はずぶ濡れになりながら、館に帰ってきた。


 衰弱しきったエイネは、セラに背負われていた。



 勢い余って玄関先に出たキイルタは、兄君を突き飛ばすようにして、妹君の身を受け止めた。


 彼女は動転しながらも、エイネに肩を貸し、その身を部屋へと移す。



「……!」

 雨に濡れた寝間着を脱がせようとキイルタが手をかけると、その先の肌は尋常でない熱を帯びていた。


 熱を放つ少女の身体や紅髪を手早く拭き清め、着替えを済ませると、そのままベッドに寝かしつける。


 休む間もなく、水おけを枕元に用意する。水気を絞ったタオルをエイネの額に乗せるも、たちまちそれは冷温を失ってしまう。


 続いて、解熱薬を紙袋から取り出し、木皿のなかで白湯さゆに溶かした。それをさじにすくうと、高熱にあえぐエイネの口に含ませていく。ひと口飲み込むように励まし、ひと口飲み込めたら褒めながら。



 とりあえず、少女の処置を終えたキイルタは、再び大股で玄関に取って返した。そして、そこで座り込んだままの少年の首元を締め上げる。

「あなたは、いったい何をなさっていたのですか!?」


 何から問いただせばいいのか、キイルタは分からなかった。


 でも、心の内で、安心している自分がいる。泣き出したい自分がいる。彼はここに帰ってきてくれた。


 しかし、妹君の症状をおもんばかって、詰問ばかりが口をついて出てしまう。

「あれほど、先生が『身体を冷やすな』と言い残されたのに、エイネ様を長時間雨にさらすなんて……」


 それに、怒・哀と感情を高ぶらせることも先生は禁じられていた。兄妹でどんなやり取りがあったのかは知らないが、セラを心配したエイネの心情的負担は、小さなものではなかっただろう。


【9-31】 読心術

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「狐を退治しようと思ったんだ――」

 幼馴染の怒気に当てられながら、セラはぽつり、ぽつりと口を開いた。


 みんな、狐の連中に悩まされているじゃないか。


 お前の親父さんも。


 ゴウラさんも。


 アトロン将軍も。


 ダイアン先生も。



 そして、父上も……。


 病巣を取り除く手術に立ち会って、思いついたんだ。

「諸悪の根源を除去しよう、と」


 落石の仕掛けは、何度も試験を繰り返した。


 完璧なはずだった。


 狐の命運も尽きるはずだった。

「そしたら、みんな救われるんじゃないか、って。先生も俺を見直してくれるんじゃないか、って」


 ほら、あの医術の達人だって、ブリクリウ一派の横暴にわずらわされていると、言っていたじゃないか。


 彼の黒ずんだ視線は、玄関の敷石に落ちたままであった。



「……」

 キイルタは、この数日、兄君が館を留守にしていた事情を理解した。そして、この日、妹君が身を挺してそれを止めたことも。


 妹君を治療した女医は、兄君を傷つけていたのだろう。


 キイルタの灰色の瞳には、あの日――夏の日照りのなか、どこに行っていたのかは知らないないが――亡霊のようになって帰宅した少年の姿が、目の前の彼に重なって見えた。


【9-27】2つの決意

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 ダイアンの先生が「いざという時に」と、置いていった解熱薬は、効果てき面だった。


 治まるところを知らないように思えた発熱は、翌朝には引いていた。

 

 ところが、熱が下がりほっとしたのもつかの間、その夜からエイネは激しく咳き込み始めた。


 咳止めの薬の効果も虚しく、一晩中続く咳嗽がいそうは、彼女を衰弱させていく。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


キイルタのレイス兄妹への想いに胸打たれた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「返電なし」お楽しみに。


食事の量がさらに細くなると、エイネの容体は急激に悪化していった。

ダイアン女医とは、いまだ連絡がつかない。

実家にも電報を打った。父・ロナンはすぐに家の者をヴァナヘイム国に派遣してくれたようだ。

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