【9-31】 読心術
【第9章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009
【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正
https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442
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2週間後、医師ダイアンは乗合馬車に揺られ、再びレイス家領・スリゴに現れた。
その間、東岸領北方の他の街で、治療して歩いていたという。彼女を求める患者はイーストコノート大陸にもごまんといるのだ。
しかし、くたびれた白衣と、「なんとか戻ってこれたわい……」と涙ぐんでいたジト目から、14日間、往診施術より迷子状態になっていた割合の方が高いのではないか、とキイルタは思う。
そうした推測を差し置いても、やはりダイアンは偉い先生には見えない。相変わらず白衣を引きずっており、トランクケースは持ち主のサイズに合っていないのだ。
しかし、さすがは、史上最年少のオラヴである。抜糸はエイネが痛みを覚えることなく、手際よく済ませてしまった。
次いで、患者の胸元や背中を片手でトントンと叩きつつ、そこへ
術後診察を終えたダイアンは、別室でキイルタとセラに向けて状況と方針を説明する。
いまのところ、エイネの容態は安定しているが、楽観視もできない。
6カ月後の
傷口の治癒は快方に向かっているという。半年後、エイネの皮膚が再生したタイミングで、豚の皮を除去するのだそうだ。そうすれば、ほぼ完治として良いとのことだった。
厄介なのが、併発した肺病だという。
こちらは治療薬がなく、滋養ある食べ物の摂取し、身体を休めるほかはないのだ。
「医療器具と治療薬が日進月歩の発達を遂げている帝都ならともかく、ここでは、それしか方法がないんじゃ」
「帝都」と言うフレーズに反応したキイルタを、ダイアンはすかさず
「おいおい、肺を病んだ患者を船に乗せるような真似は、ゆめゆめ考えてくれるなよ」
下手をすると、乗員乗客
もっとも、五大陸を行き来するダイアンの見立てでは、帝国本土よりも空気の澄んだ
蒸気機関の発達と相まって、帝都のほんの一部を除き、本土はそこかしこに煤煙が立ち昇っているからだ。それは、東岸領における工場地帯の比ではないそうだ。
童顔の女医は、自ら処方した滋養薬と咳止め、それに万が一の時の解熱薬について、用法・用量を説明しつつ、キイルタに手渡す。黒革のトランクケースには、器具だけでなく薬剤も入っていたようだ。
最後に、「銃創にも肺病にも良くないことじゃ」と、次の2点にはくれぐれも配慮するよう念を押す。
夜風や降雨にさらして、身体を冷やすことのないように。
喜・楽と心を安んじ、怒・哀と感情を高ぶらせることのないように。
残暑の陽光は弱まりつつあるとはいえ、西日はまだ強い。
ゲストルームを整え、ダイアンとセラに軽食を振る舞い終えると、キイルタはブラインドを下ろすため、患者の部屋を訪れていた。
エイネは、規則正しい寝息を立てていた。顔色もすこぶる良い。ほっとしながら、窓辺に向かうキイルタの視界に、
そこには、口を開けたトランクケースが置かれていた。
最年少オラヴの神業を生み出す、たくさんの医療器具が整えられ、鋭い光を放っている。
「……」
キイルタは、そのなかから小瓶を手に取り、陽にかざす。先日の手術の際に、エイネを眠らせた「麻酔」という名の液体が詰まっていた。
この液体を布に含ませて、セラの――。
「そいつは
突然、背後から声をかけられ、キイルタの蒼みがかった黒髪は、
「意中の相手に言うことを聞かせるなら、もっといい
童女顔の女医はニヤニヤ笑っている。
最年少オラヴとは、読心術も心得ているのだろうか。
「い、い、い、いちゅう……」
なんだかとんでもないことを言われているようだが、キイルタは気が動転し、早鐘のように鳴る鼓動のため、反論できなかった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
冒頭のキイルタ、末尾のダイアン、双方の読心術に魅せられた方、
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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「誇り」お楽しみに。
「先生は、どうして私たちを助けてくださったのですか」
「たまには、北の田舎街を散歩するのも悪くはない、そう思ったんでな」
「
「医は仁術じゃ。派閥も国境も関係はない」
とダイアンは断言しながらも、本音を言うとな、気は進まなんだ、という。
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