【9-32】 誇り

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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 乗合馬車の時間まで、3人はゲストルームで紅茶をすすっている。


 しかし、初日に札束ごと一蹴されて以来、セラはダイアンと言葉を交わそうとしない。彼は、紅茶にもアップルケーキにも手を付けず、テーブルの端でしていた。


 やむなく、女医の相手はキイルタが務めている。昨夕の以来、油断すると気まずい思いを反芻はんすうしてしまうが……。


【9-31】 読心術

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817139556737959022



「先生は、どうして私たちを助けてくださったのですか」


「たまには、北の田舎街を散歩するのも悪くはない、そう思ったんでな」

 ダイアンは、肩肘をついたままアップルケーキをつついていたが、言い終わらぬうちにせている。シナモンが気管に入ったのだろう。


領主ブリクリウ様のお耳に入ったら……」


「医は仁術じゃ。派閥も国境も関係ない」

とダイアンは断言しながらも、

「本音を言うとな、気は進まなんだ」

と、ばつが悪そうにいう。


狐面ブリクリウにらまれるのは、いろいろとめんどくさいからのぅ……」。

 狐一派による風当たりは、この女医にとっても無縁ではないそうだ。


 最高学府・オーク学園にこそ、まだその権勢は及ばないであろうが、オラヴの持つ様々な特権を廃止するようなことは、平気でやってのけるだろう。

 

 それでも、と彼女は続ける。

「アトロンのに頼まれたら、断れんさ」

 あそこの嬢ちゃんとは、昔から親しくさせてもらっているから、と。


「帝都の兵学校なんぞつまらんところを、嬢ちゃんは先日ようやく卒業したんでな」

 久々に、アトロン家所領・ダイルテンガの街に立ち寄ったのだという。そこで、に、このスリゴまで往診して欲しいと頼まれたらしい。


 キイルタは問う。

「アトロン少将は、どうして……」


「お前さんの親父に、が世話になっとるのはもちろんなのだが」

と、少女に前置きした上で、

「おい、紅髪小僧」

と、ダイアンは少年に呼びかける。


「……」

 セラは、あおかすんだ視線をわずかに上げた。


 アトロン将軍は言っていたそうだ。


 生前のゲラルド=レイス殿に、貴族としての誇りを見せてもらった、と。




 最年少オラヴは、レイス家館を去っていった。白衣と黒鞄を引きずりながら。


「エイネ君が完治した時にいただこう」

 改めて用意した治療費――適正な額の謝礼すら、ダイアンは受け取らなかった。


 キイルタは清々しい思いさえ抱きつつ、玄関先に立ち、彼女を見送っていた。


 ところが、門を抜けると、案の定、彼女は馬車乗り場とは反対方向に進んでいくではないか……キイルタが慌てて追いかけ、道案内役を申し出ることになったのは、言うまでもない。




 乗合馬車にダイアン医師を間違いなく押し込めると、キイルタは館に戻った。


 セラは執務室で領内の資料に目を通していた。ゴウラ家から派遣された執政官たちが、取りまとめた各種報告書である。


 キイルタは、ミルクと砂糖とともに珈琲を差し出しながら、一言付け加える。

「沿道警備の件、村役場で兵員手配の目途がついたそうですよ」


 東都・ダンダアクから、アルイル=オーラム中将御一行がスリゴ領内の街道を通る。そのために命じられた沿道警備は、2週間後に迫っていた。


 そうか、とセラは一言口にしただけだったが、そのあおい瞳がわずかに光を帯びたのを、キイルタは不審に思った。



 翌日、セラは朝から馬に跨り、領内巡視に出たと思いきや、昼過ぎには戻ってきた。やけに慌てた様子で。


 帰館早々、彼はキイルタに紙片を手渡す。

「これを至急用意するよう、村役場に伝えてくれ」


 キイルタは、紙片に灰色の視線を落とす。

 ――石材に板材、木材、それに人夫にんぷ


 特に、石材の量は荷馬車数台分にも及ぶ。

 

「ガボーゲ川の堤防が1ヵ所、もろくなっていてな。すぐに修繕したい」


 ――先月の保全状況報告書に、堤防の件なんてあったかしら。

 キイルタが記憶をたどっているうちに、セラは再び外出してしまった。



 あくる日も、セラは朝早くから館を出立している。


「……」

 兄が愛馬とともにどこかへと出かけていく様子を、ベッドから半身を起こしたエイネが、窓越しに見つめていた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ダイアン、カッコよくて時々ドジで……良い人だったな、と思われた方、

セラが何を企んでいるのか、気になる方、

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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「思い募る」お楽しみに。


数カ月前の春先、少年は己の力で道を開き、帝国本土へ旅立っていった。

膨張する権力者に怖気づく少女の鼻先を、少年は脇目も振らずに走り去った。


 ――東都に留まっていて欲しい。

そのように望む資格がないことを、少女は分かっていた。ダブリン港の老朽船に消えていく少年の背中を、黙って見送るしかなかった。

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