【9-33】思い募る

【第9章 登場人物】

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【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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 小雨のなか、人夫にんぷたちが畦道あぜみちを進んでいた。


 その後ろを、荷馬車が何台も続いていく。



 スリゴ領内を流れるガボーゲ川――その堤防補修に向かう一団である。


 荷馬車は、石材や板材、材木を満載しながら、ゆるゆるとした足取りを続けていた。回転するごとに湿気を含んでいく車輪は、ガラガラという物音も控えめである。



 一行は、T字路にさしかかった。


 先頭で馬を進める紅髪の少年は、躊躇なくひづめを左に向けさせる。


 人夫たちは、顔を見合わせた。


「……ご領主様、そっちはガボーゲ川ではありませんが」


「さようですだ。この先で山道にさしかかっちまう」


 戸惑う彼らに、少年領主は口元に笑みを浮かべて言う。

「いや、こちらで問題ないです」



***



 名医・ダイアンが去ってから数日もすると、エイネはベッドから起き上がることが出来るようになっていた。


 このまま行けば、日常生活における自立も、そう遠いことではなさそうである。キイルタも介助に力が入っていた。



 いまにも雨が降り始めそうな空模様のなか、この日もセラは外出している。


 妹の症状が落ち着いてからというもの、兄は館を留守にしがちであった。



 しかし、キイルタの胸の内に焦燥感は湧き起らず、困惑することもなかった。


 むしろ、安堵あんど感すら抱き、泰然としていた。


 なぜなら、現時点でセラが帰ってくる家は、ここしかないのだから。




 数カ月前――帝国暦373年の春先、赤毛の少年は己の力で道を切り開き、帝国本土へと旅立っていった。


 脇目も振らずに、少年は走り去った。膨張する権力者に怖気づく、黒毛の少女の鼻先を。


 ――東岸領の片田舎スリゴに留まっていて欲しい。

 そのように望む資格がないことを、少女は分かっていた。ダブリン港の老朽船に消えていく少年の背中を、黙って見送るしかなかった。


 それでも、あの日「レイス家を復興させる」と誓った少年――その背中を、一番近くで見ていたとの自負が、少女にはある。


【9-7】舟出 上

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 幼馴染の少年への想いは、誰にも負けないはずだった。



 大海アロードの向こうでの少年について、知らない一面が増えていく――それは、「致し方のないこと」と、割り切るしかなかった。


 その分、妹君から伝え聞く、帝国士官学校での少年の様子は、どんな芝居よりも、どんな小説よりも魅力に満ちていた。


 それにつけても、女生徒から恋文が山と届いているのは、由々しき事態である。まして、少年がそれを妹君に自慢しているとは、けしからん限りであろう。


※「恋文の山」は事実だが、「妹君への自慢」はキイルタの誤解である。


【9-19】2人の少女 下

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 割り切ることが、出来るはずだった。


 だが、少年のなかに、自分の知らない一面が次々と形成されていくのは、底知れぬ寂しさを伴った。


 そして、募る思いは、抑えられなくなっていく。


 それはもう、あっけないほどに。



 ――セラに会いたい。

 この夏、キイルタは1人、東都を飛び出した。



 いつぞや妹君とお茶を楽しんだ時ように、父や家の者とともに、トラフ家第2領の別荘に向かったわけではない。


 第八皇子の内乱からしばらく経つものの、もう何度目かのブリクリウ家による粛清の嵐が吹き荒れたのである。保護を求めて来る貴族たちが後を絶たず、父は東都を離れられなかったからだ。



 父の説得には、「エイネ様のお世話をする」との大義名分で押し通した。


 しかし、実を言えば、「セラが士官学校の夏季休暇を利用して、自領に戻るのではないか」という淡い期待が、スリゴへ向けて、少女を1人旅に駆り立てたのであった。



 父への説得材料は、事実となった。


 限りなく嘘から出た、重たい真実まこと


 まさか銃創を負い、衰弱した妹君と対面することになろうとは、何の因果だろうか。


 図らずも、少女の願いは、叶うことになった。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「惚れ薬」お楽しみに。


「キイルタも、このお薬が欲しいの?」

いったい誰に使うつもりなのかしらぁ――エイネのあおい瞳は、もの言いたげな光を帯びる。


「そんな人はいませんッ」

キイルタは、自分でも驚くほどの大声で宣言してしまった。

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