【9-34】 惚れ薬

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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 小雨は断続的に続いていた。


 山道は進むにつれ険しくなっていく。


 蹄を滑らせ、馬たちが非難のいななきを上げるたびに、人夫にんぷたちは荷馬車を横から支え、後ろから押していく。


 全員が息を切らして進んでいくと、突然視界が開けた。いつの間にか一行は、低い尾根の上に抜けていた。


 眼下には、雨滴が降り注ぐ街道を、望むことができる。


 ちょうどこの辺りの街道は、土地の先人たちが、山を切り通したと伝わる。


 伝承のとおり、60メートルほど稜線が分断され、そこに陸路が通されていた。



***



 この日のエイネは、よほど加減が良かったようだ。


 キイルタ相手に長い時間、話し込んでいる――薄桃色の生地に白い襟、赤い紐リボンをあしらっただけの寝間着のまま。


 話の合間、ムルング産の紅茶を片手に、好物のパウンドケーキをかじることまで出来ていた。


 昼間に興奮しておしゃべりをした日は、夜中に激しく咳き込んでいることをキイルタは知っている。ほどほどにして、お開きに誘導しなければならない。



 曇天であっても、空は日没が近いことを告げていた。


 エイネは、まだおしゃべりを続けたい様子だ。


 セラは、まだ帰って来ない。


 ――やはり、ダイアン先生に、麻酔を分けてもらえば良かったかしら。

 キイルタは、気恥ずかしかった先生とのやり取りを思い出してしまう。


【9-31】 読心術

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 麻酔を使えば、エイネをすぐに眠りへといざなうことができよう。


 また、ここのところ、セラは精力的に領内を巡察しているようだ。せっかく妹が回復しつつあるというのに、今度は兄が倒れてしまうのではないか。


 一服盛って、1日くらい強制的に休ませた方が良いのではなかろうか。



 ――やっぱり、惚れ薬くすりを処方してもらえば良かったかも。

 気恥ずかしい思いは、物騒な想像へと成長するのに、手間はかからなかった。


 ダイアン手製の薬であれば、さぞ効果が見込めたのではなかろうか。眠りについた紅毛の少年の口元に……。


 ――だめ、だめだめ!!

 キイルタは慌てて蒼みがかった黒髪を左右に振り、妄想をかき消す。


 彼女の心中の葛藤を知ってか知らずか、エイネはニコニコと口を開く。

「キイルタ、あたしね、ダイアン先生に特別なお薬を処方してもらったの」

 

 相手のことが大好きになってしまうお薬なんですって――エイネはいたずらっ子のように舌を出す。


 ――え、え、エ、エイネ様、な、な、なんですって!?


 エイネが化粧台の引き出しから紙袋を取り出すと、キイルタの灰色の瞳は、それに釘付けとなる。形の良い口は半開きのまま。


「キイルタも、このお薬が欲しいの?」

 いったい誰に使うつもりなのかしらぁ――エイネのあおい瞳は、もの言いたげな光を帯びる。


「そんな人はいませんッ」

 キイルタは、自分でも驚くほどの大声で宣言してしまった。


 ――わたしは、なんと早まったことを。

 キイルタは心のなかで蒼みがかった黒髪を引っ張るが、目の前の紅髪の少女に伝わるはずもない。


「じゃぁ、あげないもん」

 エイネは口を尖らせて、そっぽを向いてしまう。


 ――エ、エイネ様、ご再考を、ご慈悲を。

 言葉にならない言葉を上げるキイルタ。


 その想いが伝播でんぱしたのか、紅髪の少女は言い直す。

「……、あげない」


 窓の向こう、曇り空を見つめたまま。


「もう少しだけ……あと少しだけ、兄様を貸してちょうだい」

 そう言いながら、エイネは両手で己の胸を押さえていた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


キイルタとエイネの攻防を楽しんでいただけた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「もぬけの殻」お楽しみに。


「……だからキイルタ、あにさまをお願いね」

以前も彼女からは、兄を託されたような気がするが、死線を潜り抜けたいま、その言葉の重みは、まるで違った。


――エイネちゃん、私の支えなどなくても、この人はきっと大丈夫。

彼を評価してくれる人が増えていくのは、キイルタにとって嬉しく心強かった。

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