【9-35】もぬけの殻

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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「今日もまた、土手の修復ですか」

「……」

 セラの進路を妨げるように、玄関先にキイルタは立っていた。彼は騎乗の身支度を終えている。


「堤防修繕もいいですが、沿道警備は明日ですからね」

 この日の夕方には、兵卒たちが村役場に集まる予定になっていた。


「……分かっている」


「間もなく朝食の用意が整いますが」

 キイルタは、庭の畑で摘んできたばかりのトマトを示す。


「必要ない」

 黒髪の少女をかわすと、紅髪の少年は足早に厩舎方向へ抜けていった。



「あにさま……」

 エイネは、窓越しに2人の様子を見つめていた。空咳とともに。




 兄君の確保に失敗したことを詫びつつ、キイルタは朝食の配膳を整えていく。そんな彼女に、ベッドに半身を起こしたエイネは語りかける。


 義勇兵志願、士官学校受験――昔から、あにさまは、一度決めたことに没頭する傾向がある。


 そこで発する、圧倒的な推進力によって隠れているが、没頭モードのあにさまは、とてももろいという。


 ちょっとした弾みで、つまずいてしまうほどに。



「……だからキイルタ、あにさまをお願いね」


「……」

 以前も彼女からは、兄を託されたような気がするが、死線をくぐり抜けたからか、その言葉の重みは、まるで違った。


【9-19】2人の少女 下

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 腕まくりしながらも、士官学校指定の軍服がさまになっていたからだろうか。数か月しか経っていないにも関わらず、再会した幼馴染は妙に大人びて見えた。


 事実、彼は実力で大人たちの信頼を勝ち得てきた。


 そして、「セラ=レイス」という才能に、(薬抜きで)惚れ込んだ者が現れはじめている。


 しかし、ブリクリウ派閥にびなかったレイス家である。代替りしたとはいえ、その領主をあからさまに保護するのは、大きなリスクを伴うはずだ。


 その実、ゴウラ家は、ブリクリウ傘下の他の領主たちよりも、重い租税や使役を課され、戦場では最前線に配置されているという。


 だが、ゴウラ夫妻は、そうなることも覚悟の上で、セラに領土を与え、陸軍士官学校への推薦状を持たせたのだ。


【9-11】麒麟児 下

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【9-12】推薦状

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 紅毛の少年のおかげで、一族郎党は生きながらえることができた――その恩へ、夫妻はひたむきに報いようとしたのである。


 それはひとえに、この少年の将来性を大いに期待してのことだった。



 ――エイネちゃん、私の支えなどなくても、あの人はきっと大丈夫。

 幼馴染を評価してくれる人が増えていくのは、キイルタにとって嬉しく心強かった。


 一方で、自分は彼らのような覚悟ができるのか――自問するも、キイルタは明確な回答を出せずにいた。




 村役場の者たちは困惑していた。沿道警備の夫役ぶやくを翌日に控え、兵卒達を集めながら、その指揮官たる少年領主が姿を現さなかったからである。


 そのまま夜になり朝を迎えても、セラは領主の館に帰って来なかった。


 東都のアルイル=オーラム中将御一行が、スリゴ領の街道を通過する日を迎えてしまったのである。


 館に幼馴染が戻ってこない――キイルタは心中穏やかではなかったが、気丈に振る舞っていた。


 領主不在である以上、エイネに事情を説明の上、役場の管理職に指揮代行を務めていただくほかあるまい。



 朝食の載ったトレーを片手に、キイルタはドアをノックする。


 ――まだ寝ているのかしら?

 扉を3度叩いても、室内からの返答がなかった。


 昨夜も咳き込みが激しく、夜中と明け方に薬を飲み直している。早起きのエイネも、今朝ばかりはまだ眠っているのかもしれない。


 キイルタは、そっと扉を開く。


 そこで、彼女の灰色の瞳は、これまでにないほど大きく見開かれた。













 ベッドの上に、紅髪の少女の姿がなかったからである。



 部屋は、もぬけの殻であった。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レイス兄妹の行方が気になる方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758


セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「落石」お楽しみに。


――見つけた。


アルイルの馬車に続いて、再びの騎兵行列が続いたあと、もう1台の馬車が続く。

セラが握る望遠鏡のレンズは、悪趣味な「さそり」の旗印を捉えていた。


ブリクリウ家の家紋である。

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