【9-36】 落石

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

【世界地図】航跡の舞台※第9章 修正

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817139556452952442

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 すべては整った。


 雨降りしきる尾根の中腹で、セラは1人うなずいていた。この数日で準備した大規模な仕掛けをあらためて視認して。


 山盛りの巨石を、木板と材木が30メートルにわたって、かろうじて支えている。


 材木に緊張をもって結ばれた綱は、仕掛けのトリガーになっている。これを切り落とせば、くさびが緩み、仕掛けを保っている均衡が崩れる。あとは巨石と木板木材が地滑りのように滑落していくだろう。


 この辺りの街道は、その昔、先人たちが山を切り通したと伝えられている。それほど往来の両側は崖がせり出しており、巨石が迫っても逃げ場はない。


 「落石の計」は、見事に決まるはずだ。


 かねてより、この辺りは崩落が多い。地盤が脆いからこそ、先人も切り通せたということか。これから起こる計略も、不運な事故として片付けていただこうではないか。



 降りかかる雨に構うことなく、紅髪の少年は、斧を片手に綱の前へゆらりと立つ。



 ――来たか。


 細雨に晒されること1時間半、眼下の街道はるか彼方に、集団の先頭が見えはじめた。


 アルイル=オーラム御一行に違いない。



 「東岸領北部巡視」のため、陸軍参謀総長・ネムグラン=オーラムの嫡子が、この街道を通ろうとしている。


 先の内乱でオーラム家は、第八皇子を帝都から北の草原ブレギアへと駆逐することに成功した。


 いまや帝国内において同家に歯向かう存在はなく、勢い破竹とはこのことであろう。気に入らない貴族を排斥はいせきし、佞臣ねいしんを要職に付け、我が世の春を謳歌おうかしている。


 レイス家もその奔流に翻弄されてきた。多くを失いしのち、ほんの少しだけ取り戻して、いまここに至る。


 オーラム家の権勢を一身に浴びながら、その嫡子は権力闘争にさほど血道ちみちを上げてはいない。その分、女遊びについて見境がなくなっているのだという。


 今回も「巡視」など方便であり、「北方界隈において、領主の娘を品定めする」という辺りが実情である。



 陸軍参謀総長の嫡男ともなれば、その護衛は最精鋭となろう。


 物々しい数の騎兵が湧き出しては、並足なみあしのリズム乱れず、こちらに向かって進んでくる。


 しばらく衣装鮮やかな騎兵が続いた後、中軍あたりにさしかかると、今度は、前後左右を銃騎兵ががっちりと固めた馬車が向かってきた。


 林立する旗印は「巨鳥ブーブリー」――オーラム家のものだ。


 鼻の下を伸ばしたアルイルが、坐乗しているはずだ。


 愛人探しに向かういち個人を、これほど屈強な兵馬によって護衛している。その滑稽さに失笑を覚えながらも、セラは一行の観察を続ける。



 ――お出ましだ。


 アルイルの馬車に続いて、再びの騎兵行列が続いたあと、もう1台の馬車が続く。

 

 セラが握る望遠鏡のレンズは、悪趣味な「さそり」の旗印を捉えていた。


 ブリクリウ家の家紋である。


 陸軍参謀総長・嫡男の傅役もりやくにして、東岸領の実質的な支配者。アルイルに代わり、呼吸をするようにして、権力闘争に入れ込んでいる細身狐面の男。



 父の仇、妹の恨み、諸悪の根源――ターン=ブリクリウが、あそこに居る。



 表向きは、ガボーゲ川の堤防補修のためと集めた巨石ほか資材と人夫は、ひとえに

この街道にて、この男を馬車ごと圧殺するためであった。



 先を進むオーラム家旗印と後に続くブリクリウ家旗印は、距離が離れている。


 おおかた、どこぞの領主の娘の元へ急ぎたいオーラムジュニアと、それに渋々付き従っている傅役といった構図だろう。



 セラにとって、オーラムジュニアなど、どうでもよい。


 巨鳥の旗翻る馬車が足下を通過していく。


 雨滴ともやのため、街道からは山上のこちらの様子は、うかがえまい。



 ――早く来い。


 尾根の中腹で、セラはいまや遅しと待ち構えている。


 そぼ降る降雨と主人の性癖を嫌悪するかのように、蠍の馬車の歩みは遅々としたものであった。


 巨鳥の馬車をやり過ごし、気がはやる。それを抑えるように、セラは斧の柄をしごいた。


 望遠鏡の視界は、蠍の旗印を、がっちりと捕捉して離さない――離さいでか。


 

 軍帽のひさしから水滴が流れ落ちた。


 蠍が、ついに切通しにさしかかる。


 斧を握る両手に力がこもる。



 ――まだだ、まだ早い。



 数度にわたる落下テストで、綱を切る――トリガーを引くタイミングも完璧だ。


 計略発動後、尾根向こうに退避する経路も、繰り返し確認済みである。


 自ら立てた沿道警備計画には、この切通し近くに人員を配置していない。



 すべてにおいて、抜かりはなかった。




 ――いまだッ!

 ロープを切り落とそうと、セラは混信の力を腕に込めて、斧を勢いよく振り上げた。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


セラが落石の計を進めていたことに驚かれた方、ぜひこちらからフォロー🔖や⭐️評価をお願いいたします

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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「気魄」お楽しみに。


あにさまは、テロリズムを掲げた零細領主で終わってはならない。もっと大きな存在を目指してほしい、と。


ずっとずっと大きく――大海アロードよりも、ずっと。

この国の根幹を変えていくような存在に。


「そいつはまた、大きく出たなぁ」

セラは小さく息を吐いた。己を嘲笑するかのように。

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