【9-30】 執刀

【第9章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009

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 妹の部屋へ突然入ってきた白髪白衣の少女に、セラは驚いた表情を浮かべる。そのまま、立ち上がってしまった紅毛の幼馴染へ、キイルタは通信筒を差し出した。



 ダイアンは、エイネを診るなり、どうしてこのような容態になるまで放っておいたのか、とみるみる白眉はくびを曇らせる。


 ブリクリウ家を恐れ、レイス家に関わることを忌避した医者たちに、ことごとく診療を拒否された――キイルタの説明を最後まで聞かずして、ダイアンは舌打ちする。

「……どいつもこいつも、腰抜けどもめ」



「せ、先生、妹を……妹を。どうか、妹をお願いします」

 紹介状を読み終えたのだろう。セラは通信筒を放り出すと、太陽神に祈るような姿勢のまま、女医の小さな胸元に飛び込んだ。


 ダイアンはたまらずひっくり返る。紅髪の少年の圧力が原因か、トランクケースの重量が原因か――おそらく、その両方だろう。


 それにしても、紅髪の幼馴染が、これほどはっきりしとした声を発したのは、いつ以来だろうか――驚くキイルタの眼の前で、勢いあまったレイスは止まらない。への字を描いている女医の口元に、何やら薄汚れた紙の塊を差し出す。

 

 あの日、彼がどこからか持ち帰ってきた札束であった。


【9-27】2つの決意

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 ところが、差し出された紙の束へ、汚物でも見るような視線で一瞥いちべつをくれるや、ダイアンは鼻を鳴らす。

「レイス家の新当主は、少々知恵が回ると聞いていたが、この程度か。先代の方が、はるかに骨があったな」


「……ッ!」

 札束を手にしたまま、その場に固まるセラを打ち捨て、ダイアンは、トランクケースを開けた。手慣れた様子で治療の準備に移っていく。




 帝国史上最年少オラヴによる、手術が行われようとしている。


 ――エイネさ……ちゃん、ごめんなさい。

 キイルタは、納屋から見つけて来たロープを、エイネの腕や足にくくり付けていく。


 銃創に肺病が重なり、ベッドの上であえぐだけのエイネは、されるがままだ。


 その様子を見て、オラヴ・ダイアンは、頭の上に「?」マークを浮かばせる。

「……何をしておる」


 キイルタは細縄を動かしながら答える。

「荒療治になるとお見受けしましたので、患者が暴れぬようロープで縛りつけています」


 外科手術には、痛みで患者が暴れることが多々あり、医者に職務を全うさせるには、こうした対応が必要だと、その昔、執事が言っていたのだ。


「……おぬしの医学は、考古学か」

 白眉はくびの間にしわを寄せながら、ダイアンは説明を加える。麻酔薬を含ませたマスクをもって患者を眠らせ、痛みを知覚せぬ間に執刀するのだという。


 つまり、術中に患者が暴れるようなことはない。


 その代わり、先ほどから部屋の片隅に突っ立ったままのセラに対して、彼女は大声で命じる

「湯を沸かせッ。ありったけの一番水でな!」



 額に浮かび目元へ流れる汗をキイルタに拭わせ、襟足に浮かび首筋へ流れる汗に構わず、ダイアンは左右の手で金属製の医療機器を駆使していった。その手捌きは一切の迷いがなく、銀色の軌道は芸術そのものであった。


 合の手を入れるように、セラが一番水を次々と煮沸させては、それら使用済の機器を滅菌していく。


 残暑厳しいなか、毛髪や飛沫等が患部に入らぬよう、3人とも前掛けに帽子、マスクを着用している。おまけに、煮沸消毒のため、沸騰したお湯が絶えず用意される。体感室温は言語に絶するものとなった。


 エイネは、マスクの上に見える表情こそやや険しいものの、よく眠っている。麻酔が効いているようだ。


「せ、先生、それは……?」

「ん?豚の皮じゃ」

 手術は、壊死した組織を全て剥ぎ取り、患部のならしと、縫合の工程に移っている。残された皮膚が足りず、つなぎ合わせに心もとない場合は、豚皮を代用するという――斬新かつ大がかりなものだった。



「……よし、いいじゃろう」

 すべての工程を終え、ダイアンは両手を洗い終えた。


 手術開始前、中天にあった陽は、とうに暮れていた。







【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「読心術」お楽しみに。


さすがは、史上最年少のオラヴである。抜糸はエイネが苦痛を覚えることすらなく、手際よく済ませてしまった。


次いで、患者の胸元や背中を片手でトントンと叩きつつ、そこへ漏斗ろうと状の聴診器ちょうしんきを当てる彼女は、真剣そのものであった。

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