【9-8】舟出 中
【第9章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700429200791009
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父・ゲラルド埋葬後、オーク教派の教会からは孤児院に入るよう再三勧められたが、セラは丁重に断り続けた。
帝国の相続法規によると、孤児院の世話になる――僧籍に入る――ことは、家名を捨てることを意味したからだ。
しかし、家名だけでは、腹は満たされぬ。
明日に家名を残すため、今日の糧を得るため、幼い当主は身を粉にして働いた。
朝は新聞と牛乳の配達をかけもちし、昼は工場での雑用に奔走し、夜は酒場で皿を洗い続ける。毎日、文字通り汗みどろになって駆け回った。
新聞と同じルートで牛乳を配れば効率的であることに、紅髪の少年は気が付いた。彼はわずか1回で、配達経路はもちろんのこと、新聞だけの家、牛乳だけの家、両方の家……すべてを覚えてしまい、大人たちを驚かせた。
工場では、子どもの小さな身体が重宝された。ダクトと吊りボルトが複雑に絡み合った狭小箇所には、大人たちでは手が届かないのだ。
そこかしこで蒸気が噴き出す機械室で、配管の目詰まりの撤去やシリンダーへの注油に追われる。肌着1枚になっても汗がとめどなく流れ、仕事上がりの時間には背中に塩がびっしりとこびりついた。
夕方から日付が変わるまで皿を洗い続けると、背中(長針)と両足(短針)が「16時10分」の位置で固まってしまった。腰を伸ばしている間、ふと両手を見れば、昼の機械油と夜の洗剤で、あかぎれだらけになっていた。
時には卑屈になるほど腰をかがめ、人工的にえくぼをつくり愛嬌をふりまいた。
「あにさま、きもちわるい」
新聞の勧誘に一日中精を出した折には、帰宅後、妹に敬遠されたものだった。
そばかすの合間の小さな鼻にまで皴が寄るほど、エイネは顔をしかめていた。
それもそのはず、セラは顔面にこびりついた作り笑いを、消せないでいたからだ。まるで、ひきつけを起こしたかのように。
「いつもありがとうな。今月は色をつけといたから」
セラは
この日は工場を出ると、彼はまっすぐに市場に向かった。
夕暮れ時、市場の喧騒は最盛期を迎えていた。丸太で造った簡素な店の軒先に、たくさんの種類のパンや焼き菓子、チキンなどが彩りよく並んでいる。
セラの腹は悲鳴をあげていたが、息を吸い込み腹筋に力を入れる。空腹という抗議の声を遮断すると、少年が向かった先は花屋であった。
「誕生日、おめでとう」
兄が差し出したのは、小さな花の鉢植えだった。
花好きの妹は、
窓辺には昼過ぎの時間帯にだけ、かろうじて陽があたる。そこに鉢植えを置くと、エイネは毎日大切そうに世話をするのだった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
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セラ・エイネ兄妹の乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「舟出 下」お楽しみに。
「あにさまが戦場に向かわれること、エイネは気づいておりました」
ここから南へ2日ほど下ったところに、野盗の類が糾合し、そこそこの勢力となっていた。
賊たちは、街道を通る商隊や付近の村落を襲い始めたため、この土地の領主ゴウラ家が討伐に乗り出したのである。
だが、田舎領主ゆえ自前の兵では足りず、義勇兵を募集したのだった。
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