白い繭の中

雨世界

1 割れている、白い繭の小さな絵画

 白い繭の中


 プロローグ


 ……あなたは、私の憧れでした。 


 本編


 割れている、白い繭の小さな絵画


 その一枚の絵を見たとき、藤野穂花(ふじのほのか)の魂は震えた。

 なにかが、とても強い『なにか』が、穂花の心を捉えて離さなかった。

 これほど強烈に、なにかに心を惹かれる経験をしたことは、本当に久しぶりのことだった。


 ……『白い繭の中』。


 絵の下に、そう題名が書いてあった。そのさらに下には、この絵を描いた人の名前と年齢が書いてあった。


 桜山愛菜(さくらやままな)。……十六歳。


 ……この人、私と、同い年だ。


 その年齢を確認して、穂花は衝撃を受けた。自分と同い年の人で、これほど他人に(この場合は私自身だけど)強い影響を与える『なにか』を生み出すことができる人が、この世界にはちゃんといるのだ。

 穂花の心臓はずっと、どきどきとしていた。

 なんだか、今すぐにでも、この絵の前から立ち去りたいと思った。

 ……でも、どうしても足を動かすことができなかった。かすかに震えている自分の両足を動かすことができなかったのだ。


 穂花の目はじっと、その絵だけを見つめていた。

 耳には、もうなんの音も聞こえてこない。

 遠くに行ってしまった友人たちの声も、周囲に存在するはずの、人々のざわめきも、なにもかもが聞こえなかった。

 穂花は無音の世界の中にいた。(それはつまり、自分だけの世界だ)


 穂花の意識は、その絵の中に隠されている、自分をこれほど強く惹きつける力の正体を探ろうとして、必死に考えを続けている。……でも、どうしても、その答えにたどり着くことがうまくできなかった。


 穂花は震えている手をそっと、思わず無意識にその小さな絵画に向けて、伸ばそうとして、はっとして、その手を必死に、少し慌てた様子で、穂花は引っ込める。


 危なく、その絵画に無断で自分手で触れようとしてしまった。(もちろん、絵には触れないでください。と言う注意書きがちゃんと展示会の会場の中には書いてあった)


「もしかして、あなた、その絵、気にってくれたのかな?」

 そんな声が聞こえて、穂花はようやく、(自分だけの世界から)元の世界に戻ってくることができた。


 穂花が声のしたほうを振り向くと、そこには一人の穂花とは違う、黒色をした、白いスカーフの高校の制服をきた、一人の髪型をポニーテールにしている少女が立っていた。

「私、愛菜。桜山愛菜っていうんだ。ほら、そこに名前が書いているでしょ? この絵を書いたのは私なんだよ」

 と自分の顔を指差して、愛菜はにっこりと穂花に笑いかけた。


 それが、藤野穂花と桜山愛菜の初めての出会いだった。

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