彼氏に義理チョコ作りました。②
高校から電車で帰って来るミノルくんを、駅の改札前で待った。
手鏡を見て髪を直し、制服のスカーフを綺麗に結び直して、鞄の中のチョコレートを指先で何度も確かめる。
顔と名前しか知らない彼女の、手作り風のチョコレートを、どんな顔で受け取ってくれるんだろう?
期待と不安を抱えた私の視界に、笑顔の彼が映り込んだ。ミノルくんは私の姿を認めると、照れくさそうに手を振った。改札を出て、小走りに駆けてくる。
その姿を見て、私の胸は高鳴った。まるで恋をしているみたいに、会えて嬉しいって思ってしまった。どうしてなんだろう。まだ、何も知らない人なのに。
「ごめんね、ま、待った?」
「い、いえ」
会うのは二度目なのに、私たちは彼氏と彼女だというのが、なんだかすごく不思議だった。どう接していいのかわからないのは彼も同じだったみたいで、ええと、と三回繰り返した後、お茶でもしようか、と言った。
「私、お金ないです」
「僕が出すよ。ワンダフルバーガーで、いい?」
駅前にあるファストフードの名を出して、彼は私の方へ片手を差し出した。そんなにあっさり手を繋いじゃうのか、さすが高校生はやることが大胆だ――そう思った私が素直に手を握ると、ミノルくんはふわっ、と妙な声を出した。
「ご、ごめん、荷物持ってあげようかなって……」
「ぎゃあ!?」
自分の壮絶な勘違いが恥ずかしくて、慌てて離そうとした手を、彼はぎゅっと握り締めた。
「ハルカちゃんが、よければ!」
「よ、よいです!」
「そ、そっか、よかった!」
勢いよく妙な会話をする私たちを見て、すぐそばで待ち合わせていた高校生のカップルが爆笑していた。
顔を真っ赤にしたミノルくんに手を引かれて、駅前広場を二人で歩く。私たちはどう見えているんだろう、恋人同士に見えるのだろうか。私たちはまだ、恋はしていない……はず、なんだけれど。
大口を開けてバーガーに齧り付く姿を見られたくなくて、ポテトとオレンジジュースしか頼めなかった私に、ミノルくんはチョコパイを買い足してくれた。
向かい合って座ると、彼のいろいろなことが見えた。髪は少し茶色がかっていて、瞳もかなり明るい茶色。どちらかと言えば凛々しい顔立ちなのに、笑うと八重歯が見えるのが可愛い。
「ええと、改めて、メッセありがとう。それと……今日は、会ってくれてありがとう」
「あっ、いえ、こちらこそ……ありがとう、ございます」
「敬語じゃなくていいよ。えっと、これから仲良くして下さい」
彼はぺこりと頭を下げた。会話はまだぎこちないけど、なんとなく、一緒にいて安心する人だと思った。
この人が、私の彼氏になっちゃったんだ。それは少しだけ誇らしかったし、同じくらい後ろめたくもあった。
食べよっか、とバーガーに齧り付いたミノルくんをぼおっと眺めていると、彼は顔を赤らめてしまった。
「そ、そんなに見られると……ちょっと、照れる」
「ぎゃ、ご、ごめんなさいいい」
「いいけど……あの、一つ聞いてもいいかな」
ミノルくんはコーヒーを一口飲んで、それから、真顔で私に向き直った。
「なんで、僕と付き合いたいって思ったの?」
「うっ」
それはユカリの勘違いです……なんて、言えなかった。だけどごまかすのもいけないことのような気がして、私は何も言えなくなってしまう。
もしかして、とミノルくんが渋い顔をした。
「僕たち、揃ってユカリちゃんにからかわれたのかな。ハルカちゃんは、僕から言い出したと思ってる?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ……ええと、その」
「正直に言っていいよ。僕が女の子から申し込まれるなんて、おかしいと思ったんだよね」
あはは、とミノルくんは笑って、もう一口コーヒーを飲んだ。
「僕はさ、まぁ見ての通りモテないから、ちょっと浮かれちゃったんだ。通ってるのは男子校だし、二度とないチャンスなんじゃないかなって、そんなこと思っちゃって」
「そ、そうですか」
何となく、傷付いた。私じゃなくてもいいみたいで。いや、そりゃそうだろうとは思うんだけど……たった一度しか会ったことがないのに、運命の人とか思われてても、それはそれで怖いことだ。
だけど、私は、この人と仲良くなりたかったから。
この人の笑顔を、もっと見てみたいなって思ったから。
「私じゃなくても、誰でも良かった、そういう感じですか?」
自分で思ったよりも、その声は震えていた。あ、まずい、と思った時には、私の涙腺は緩んでしまっていた。
「そりゃ私だって、好きになったわけじゃないですよ。ユカリが変な勘違いして、突っ走っただけですけど……それでも、でも」
私は鞄からチョコレートを取り出して、突きつけた。それなりにときめいてたんだぞバカ野郎、みたいな気持ちで。
「ここから、はじまればいいなって、思ってたんです!」
呆気にとられた顔のミノルくんが、私を見つめていた。ああ、バカみたいだ。一人で勝手に盛り上がって、いちいちこんなもの作ったりして。
こんなの本命じゃない。義理だ、義理。
たまたま今日会うことになったから、仕方なく作ってきただけだ。
はじめての彼氏にあげる、はじめての本命チョコが、こんな形になるのはあんまりだ。だからこれは本命じゃない、義理チョコだ!
「ええと……ごめん、泣かないで。そういう意味じゃなかったんだ」
俯いて涙ぐんでいた私に、綺麗に畳まれたハンカチが差し出された。顔をあげると、ミノルくんは困った顔で、私のチョコレートの包みを手元へ引き寄せた。
「僕だって、誰でもいいってわけじゃない。公園で会った時、きちんと丁寧なお礼を言ってくれたし……何より、あのユカリちゃんの親友をやれるような子なら、絶対に良い子なんだろうなって。そんな子が彼女になってくれるなんて、きっと二度とないことだろうなって」
その唐突なユカリ下げ発言に、私は思わず笑ってしまった。うはは、と品のない声を出して。そんな私につられるように、ミノルくんも笑った。
ああ、彼なりに私を見てくれていたんだ。あのたった一瞬で、私の良さを見つけてくれていたんだ。
そのことがすごく嬉しくて、この人と恋をしたい、と思った。
「ミノルくん……好きになっても、いいですか?」
私は、希望を込めて言った。この人となら、きっと私は、優しい恋ができる気がする。
「うん。僕も、ハルカちゃんを好きになるよ?」
他のテーブルへ聞こえないように、小声でそう囁かれて、私は小さく頷いた。
ワンダフルバーガーを出て、自宅の方へと歩き出す。彼は鞄からチョコの包みを取り出して、嬉しそうに眺めていた。
「ねぇ、このチョコレート、本当に貰ってもいいんだよね?」
もちろんですと言いかけて、私はあることに気がついた。このままでは渡せない、渡したくない、全部イチからやり直したい!
「だっ、ダメです!」
「え、何で?」
取り返そうと手を伸ばした私を避けつつ、ミノルくんが不思議そうな顔をした。理由を言って、わかってもらえるだろうか。だけど言わなきゃ絶対に、あのチョコレートは返って来ない……!
「それ、まだ、恋をしてない私が作ったチョコです! だから本命チョコじゃないんですっ、それは義理チョコなんですぅ! お願いします、作り直しをさせて下さいっ!」
叫ぶように伝えた私の訴えを、ミノルくんは笑いながら聞いて、だけどチョコレートは返してくれなかった。
「じゃあ、これは友チョコとして頂きます。はじめて貰った手作りチョコを、そう簡単には返せないからね!」
「えええー! 待って! お願いだから待ってくださーい!」
「待ちません!」
ミノルくんはラッピングを私の目の前で解いて、中身を一粒取り出し、ひょいっと口に放り込んだ。ごり、と噛み砕く音がした。
「硬っ」
「えっ!?」
「ふふ、これ、ちょっと大きすぎかもね。でも美味しいから大丈夫だよ」
「そりゃ味は変わりませんよぉ! それ、一つ下さい!」
笑顔のミノルくんから、チョコを一粒渡される。口に入れてみると、板チョコを溶かして固めただけのチョコレートはゴリゴリに硬くて、噛み砕くのに技術を要する代物と化していた。
「ごっ、ごめんなさい!」
「そんなに謝らなくても、僕はこれでもすっごく嬉しいんだけど」
「いややややや、これは絶対にリベンジさせて下さい~!」
必死に謝る私を見て、ミノルくんは楽しげに笑っている。
「じゃあ、楽しみにしてるよ。ねぇ、こういうのはどうかな……?」
私の耳元に唇を寄せ、ホワイトデーに本命スイーツ交換しようね、と彼が言った。
それが私たちの、はじめてのデートの約束だった。
ミノルくんが料理上手だとユカリに聞いたのは、その三日後。
ホワイトデーに貰った本命スイーツは、とっても美味しかったです……ええ、本気で泣けるくらいに、とってもとっても美味しかったです!
(了)
彼氏に義理チョコ作りました。 水城しほ @mizukishiho
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