彼氏に義理チョコ作りました。
水城しほ
彼氏に義理チョコ作りました。①
学校中が浮き足立っていたバレンタインデーの放課後、私は駅までの道を猛然とダッシュしていた。
鞄の中には昨日作った、市販の板チョコを溶かして固めてラッピングしただけの、一見すると手作りに見えなくもないチョコレートの包み。
はじめての彼氏へのチョコレートって、もっと気合い入れて作るものだと思ってた。だけど彼氏が出来たのが、たったの三日前だから仕方ない。
しかも誰かから告白されたとか、片想いが実ったとか、そういうミラクルが起こったわけじゃなくて……まさかそんなことになるなんて、夢にも思っていなかったんだ。
だから私は、恋をしているわけではない。
彼氏に渡すこのチョコを、私は本命チョコと呼んでもいいのだろうか?
そもそもの発端は、一週間前。私は親友のユカリと一緒に、普段通りの放課後を過ごしていた。
塾がない日のお約束、コンビニ横の児童公園にあるベンチで、買ったばかりの肉まんを食べる幸せのひととき。中学生の私たちはお金がないので、割り勘で一つだけ買って、仲良く二人ではんぶんこだ。
「うぅー寒いねぇ、ハルカ、大きく割れた方あげるー」
「さむさむ死ぬ死ぬ、んじゃユカリ、こっちからひとくち食べてー」
寒い寒いと言い合いながらくっついていると、一人の男子高校生が私たちの前に立った。ナンパかと思うような雰囲気はなく、道でも聞きに来たのだろうか、という感じだった。
「あ、やっぱりユカリちゃんだ。こんにちは」
「え? あー、ミノルくんだー! 久しぶりー!」
ユカリは交互に私たちを見ながら、これ兄貴の友達ー、これ私の親友ー、と雑に指を差しながら紹介していった。ユカリはだいたい、何でも雑だ。
「ミノルです、こんにちは」
「あっ、こんにちは。ハルカです」
丁寧に頭を下げられたので、私も頭を下げ返した。いい人そう、真面目そう、優しそう、みたいな印象。よく見れば制服は、この辺りでいちばん頭のいい男子校のものだった。
ミノルくんはじゃあね、と軽く手を振ってコンビニへ入って行って、しかし数分でまた私たちのところへ戻って来て、ペットボトルのミルクティーとカフェラテを一本ずつ差し出した。
「寒そうだから、よければ飲んで。どっちか好みに合えばいいけど」
「えっ、やったラッキー!」
「あ、ありがとうございます」
浮かれるユカリを横目に私がお礼を言うと、彼は笑顔で軽く手を振って、そのまま公園を出て行った。
会話をしたのは、たったそれだけ。だけど優しい笑顔は、とても印象的だった。
「あー、やっぱミノルくんは違うわー。うちの兄貴もあんなふうになってくれないかなー」
「そうだね。ああいう人が彼氏なら、きっと幸せだね」
本心の一言だった。だけどそれを勘違いしたユカリが、お兄さん経由でとんでもない伝言を伝えたのは、その日の夜のことだった……らしい。
隣のクラスからユカリがスキップでやって来て、オッケーだってよ、と言ったのは三日前の昼休みのことだ。
「オッケーって、何が?」
「ミノルくん、付き合ってもいいって」
そのセリフの意味を把握するまでに余裕で一分はかかり、意味がわかった瞬間、私の口からは奇声が漏れた。へあああ、みたいな。
「ちょっ、な、なんでそんなことになってんの!?」
「え、だってああいう彼氏いいねって言ったじゃん?」
「言ったけどぉ!!」
確かにそう取れるようなことは言った、それは否定しない。だけど話が吹っ飛びすぎてて、どこから訂正すればいいのかわからない。ましてや相手は高校生で、私は顔と下の名前しか知らない。そう、名字すらも知らないのだ。
「待って、だって私、あの人のこと何にも知らないんだよ?!」
「んーでも、オッケー出たよ? これから断るの、かわいそうじゃない?」
「誰のせいだああああ!!!!」
とぼけるユカリを怒鳴り飛ばすと、今度は両手を合わせて拝まれた。
「ミノルくん、ほんっとイイ人だからさぁ! 兄貴もイチオシの太鼓判だしぃ、絶対損はしないと思うからさっ、ねっねっ」
「……そこまでゴリ押しする理由は?」
「今更やっぱ違ったって言ったら、私が兄貴に殺される。はいこれ、ミノルくんの連絡先」
ユカリは悪びれもせずに言い放ち、メモを押し付けて逃げて行った。
渡されたメモにはメッセンジャーのIDが書かれていて、その後にユカリの字で携帯電話の番号と住所と自宅の電話番号、誕生日や血液型までがご丁寧に書かれていた。個人情報がザルすぎて眩暈がした。しかも、それなのに名字がなかった。バカなのかあの子は。
とりあえずユカリが書いた部分は、一切見なかったことにした。
その日の夜にメッセの友達申請を送り、よろしくおねがいします、みたいな挨拶を交わすと、後のことは会って話そうと提案された。そして私の塾の都合で、会うのが今日になったという流れだ。
約束の日がバレンタインデーだと気付いたのは、昨日の朝だった。急いで作ったチョコレートは、私の鞄の中で出番を待っている。
別に、わざわざ作らなくても良かった。コンビニやスーパーにだって、もっと安くて美味しいチョコレートはたくさん売っている。
だけど仮にも「彼氏」を相手に、そこら辺で適当に買ったチョコなんて、失礼なんじゃないかなって気がした。
本当は、メッセで説明してもよかった。ユカリが勘違いしただけなんです、って。だけど私は、ミノルくんに聞いてみたかったのだ。
――どうして、私と付き合ってもいいと思ったんですか?
もしかしたら、マンガみたいなラブストーリーがはじまるのかもしれない。ときめく気持ちがないわけじゃない。アイドルみたいな美形じゃないけど、彼の笑顔は、とても優しかった。
ときめく気持ちは、少しずつ膨らんでいく。
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