【完結】悪役令嬢に転生した転生者に転生してしまったわたしの話

空廼紡

ややこしや

 全てを思い出したのは、六歳のときに野焼きを見た時だった。


 馬車の中から、遠くに上がる煙を見て「野焼きだ」と呟いた。それを聞いたお母様が、少し驚いた顔をして。



「よく知っているわね」



 と、感心したように言った。

 はて? わたし、なんで野焼きなんて知っていたんだろう?



「ちなみに野焼きがなんなのか知っているかしら?」


「田んぼの畦道に火を放ち、周りの草を焼き払うことです」


「たんぼ?」


「畑……? あれ?」



 田んぼってなんだっけ? 聞いたことなんてあるはずないのに、どうして口に出したんだろう?



「そうね。でも畦道じゃなくて、畑の中にあるまだ芽生えていない雑草を焼き払うためのものよ」


「そうなんですね」



 日本の野焼きとは違うんだな、と思って、日本ってなんぞや? と首を傾げた。


 それが切っ掛けで、次々と思い出した。といっても、その日にどばーって来たわけじゃなくて、何ヶ月か掛けてゆっくりだけど。


 なにを思い出したかっていうと、前世の記憶ってやつを。



 はい、ワンパターン! ありきたり~! 捻り無し~!



 と、思うだろう。わたしも思った。

 だが、わたしの場合少し違う。


 日本人だった頃の、前世の記憶を取り戻したわたし、シルティナ・フェル・ジョナン。今は公爵令嬢だけど、なんと! わたしの今世、前世でやった乙女ゲームの悪役令嬢だったのだ!


 ま、ここまでテンプレだ。テンプレ中のテンプレである。


 ここからが違う。なんだかおかしいのだ。なんだかちぐはぐというか、なんか他の女の記憶があるのだ。


 このまま無理に思い出そうとすると、二人分の記憶がごちゃ混ぜになりそうだから、別々に思い出すことにした。


 一人のことをほぼ思い出したら、次にもう一人のことを思い出す。無理に全部思い出さないようにしたおかげか、ちゃんと整理できたと思う。別々の引き出しにちゃんと分別できた、と信じたい。


 その記憶というのが、『江ノ島かな』と『西藤まどか』という二人の女性の記憶だ。


 どちらも日本人なのだけれど、なんだか歯車が合わない。


 まず、江ノ島かな。都会育ち。ゲームが好きな女子大生。ゲームの福袋でこの世界とよく似た世界観の乙女ゲームをプレイした。他のことはあやふやなのに、何故かこのゲームのことだけは覚えている。初めてプレイしたクソゲーという設定だからなのか。


 次に、西藤まどか。田舎育ち。こちらはゲームもそこそこやっているけど、主に小説を読んでいた。頭が空っぽになれるからと、ウェブサイトの小説をまあまあ見ていた。悪役令嬢というジャンルがあるんだけど、その中の一つに似たような設定の小説があったぞ、的な記憶がある。


 かなの記憶曰く、乙女ゲームの王道だというが、まどかの記憶だと、それはジャンル悪役令嬢の王道であって乙女ゲームの王道ではない、と否定され。


 辻褄を合わせて、合点した。


 お分かりいただけただろうか。


 そう、わたしは乙女ゲームの悪役令嬢っていう設定のキャラに転生してしまったキャラに転生してしまったのである! しかも主人公に!!


 なんていうことでしょう。なんかややこしいではありませんか!


 理解した瞬間、わたしは思いました。



「超絶、めんどい」



 と。


 だって、この悪役令嬢(主人公)は、バッドエンドを回避するべく行動を開始するわけだけど、主人公っていう時点で無理無理。わたしの柄ではない。縁の下の力持ちならともかく、婚約者である王太子に惚れされて、翻弄するだなんてわたしには無理。わたしの柄じゃない。大事なことなので二回言った。


 バッドエンド回避のために、他の攻略者の闇の原因を解決する? 触らぬ神になんとやら。遠巻きにしたほうがいい。下手に突っ込んだらダメダメ。お節介はNG。

 相手を知るということは、道連れにされる可能性もあるということだ。前世(まどか)で学んだ。


 ヒロインも転生した元日本人っていう設定で、電波系だ。尚、めんどい。


 二つ分のシナリオを照らし合わせて行動するのも、さらにめんどい。考えるだけで頭がパンクしそう。


 そんな、めんどいの塊、お断りだ。たまーに、シナリオ通りにしないとっていうキャラいるけど、わたしはしない。シナリオに対して義理もくそもないので。


 ということで、凄絶に抗っておこう。こういうのって強制力とはそんなのあるとか、あるところはあるけど、確かこの小説はなかったはず。


 さて、こういう設定の悪役令嬢は誰と結ばれるか。いくつかパターンがある。


 一つ、婚約者。二つ、婚約者の兄弟、もしくは親戚。三つ、他の攻略対象。四つ、モブだけど幼馴染み。五つ、隠しキャラ。六つ、他国の王族、他諸々。


 この小説の場合、一つ目の婚約者だ。


 まあ、悪役令嬢でありがちな性格の王太子であるっていったら分かりやすいと思う。


 かなの記憶曰く、その王太子が最推しだったという設定らしいけど、まどかはあれだ。小説を読んでも、どのキャラクターもあまり魅力的に感じなかったから、その他大勢としてこの小説を見ていた。なんというか、とてつもなく言いにくいのだが、わりとワンパターンなので、キャラ萌えがなかったというか。面白いし、さらっと読む分にはいいけど沼じゃなかったなぁ。なんていうか、ごめんなさい。


 他の小説と一緒に埋まりそうなほど、この小説はありきたりな展開と設定だった。所詮アマチュアが作った小説。大人数が関わるゲームとは違い、一人で考えているから設定が穴だったりする。それは良いことだ。おかげで対策が練られる。


 まあ、そんな話は置いといて。


 お察ししていると思うが、わたしは「かな」よりも「まどか」の人格寄りである。完全に「まどか」っていっても過言ではない。


「かな」は自分のためといいながら、根はお節介なので、そのお節介が他の攻略対象たちの心を掴んでしまう。


 が、先程も言った通りわたしは「まどか」寄りである。「まどか」の記憶が言う。お節介は焼くもんじゃない、と。


 大いに同感なので、婚約者予定(今の時点でまだ婚約者じゃない)と攻略対象にお節介をかかない、関わらない。まあ、悪役令嬢ものとしてはありきたりな方向性を決めた。


 さて、攻略者はともかく、婚約者予定の王子はどうやって回避するか。


 よく見るのが、政略的なことが理由で、めちゃくちゃ拒否っているのに婚約を無理矢理させられたっていうやつだ。


 まあ、政略的なこと云々はあくまで建前で、あちらがこちらに一目惚れ、もしくは自分に興味を示さない主人湖に興味を持ったからの婚約だったりする。


 この小説もそういう類いだ。そして主人公が「これが強制力ってやつか! ガッデム!!」と絶望する。


 二人の出会いの場は王妃主催のお茶会だ。王太子の婚約者探しも兼ねている。まあ、これもテンプレだ。


 つまり、まだ婚約者がいない同じ年頃の娘しか招待されないのである。


 お分かり頂けただろうか?


 そう、いないなら、作ってしまえ、ホトトギス、なのである!!


 お茶会に呼ばれる前に、なんとしても婚約者を作っておくことが完全回避することができる、最善の方法である。


 そのお茶会が開催されるのは、確か八歳の頃……だったような気がする。今は七歳。まだ間に合う。


 と、いうことで、さっそく幼馴染みである当て馬設定のお兄さん(イケメン)と結婚話を持ちかけよう。


 お兄さんはオルトス・ディーモアっていう、五つ年上の侯爵家の次男です。お互いの両親が仲が良いので、交流している。


 性格もぶっきらぼうだけど優しくて、なんだかんだでわたしのことを溺愛してくれている。妹的ではなく、そういった意味で。「まどか」の記憶を思い出さなかったら、気付いていなかった。


 なんかオルトスお兄様の好意を利用しているから、罪悪感が半端ないけど、これしかない。


 ということで、お父様に頼んでみる。



「おとうさま-」


「なんだい?」


「わたしね、オルトスおにーさまとけっこんしたいです」


「いいよー」



 めちゃくちゃあっさり承諾されて、こっちが驚いてしまった。父もわたしを溺愛しているから、てっきり反対されるかと思ったのに。



「だめって言わないのですか?」


「言いたいけど、いつまでも婿を取らないままだと、困るのは領民だからね。このままだと、シルティアが王子と結婚しちゃう可能性もあるからね」



 お父様、当たりです。このままだと、王子の婚約者にされます。そして、跡取りとして遠縁の義理弟(予定)を養子にする。もちろん、この義理弟も攻略対象っていう設定である。悪役令嬢の義理弟、もしくは兄が攻略対象だったっていうパターン、多過ぎぃ。


 オルトスお兄様が婿に入るのなら、養子にする理由もないから関わらなくて済む。オルトスお兄様は次男で、跡は長男さんが継ぐので婿の件は問題なし。一石二鳥である。



「おとーさまは、わたしがおうじさまとけっこんするの、だめなんですか?」


「出来ればしてほしくないかなぁ。相手は王族だけど、シルティアが幸せになれる保証がないから。その点、オルトス君はシルティアを幸せにしてくれるって保証があるからね。お父様とお母様的には、オルトス君は優秀だし、特産品の云々でも願ったり叶ったりだからね。婿として来てくれたらいいなぁって」



 ありゃ、お父様もオルトスお兄様の気持ちに気付いていらしゃったのですか。まあ、分かりやすいので無理もありませんか。



「とくさんひんうんぬんっていうのは?」


「うーん。シルティアに説明しても分からないと思うから、もうちょっと大きくなってから話すよ」



 まあ、おおかた、あちらの特産品とこちらの特産品にとって、とても良いってことなんだろう。うちの特産品知らないから、どういう理由なのか分からんけど。



「それじゃ、ブレンと話してくるよ。けど、ほんとうにいいのかい?」



 ブレン、とはオルトスお兄様のお父様、つまり侯爵当主だ。

 わたしは強く頷いた。



「もちろんです! オルトスおにーさまなら、わたしのこと大事にしてくれるって信じていますから!」






 その後、なんも問題なく、オルトスお兄様と婚約できた。ブレン侯爵(普段はおじ様と呼んでいる)もノリノリで、思った以上に早く婚約できた。それだけ望まれている婚姻なんだな、としみじみ思いました。


 オルトスお兄様は、戸惑いながらも嬉しそうでした。けど、わたしがまだ幼いのか、好きだって告白されない。でも、こう訊ねてくる。



「シルティアはいいのか? 歳が離れた俺より、同い年の子のほうが話が合うんじゃ」



 たかが五歳差じゃないか、とちょっと思ったけど、まあ五歳差でも世代が微妙に違うから、不安になっちゃうね。


 だからわたしは、こう答えた。



「わたしのことを好きになってくれるかわからない人より、わたしのことが好きなオルトスお兄様がいいんです!」



 すると、オルトスお兄様が一瞬呆けた顔をした直後、顔を真っ赤に染め上げて、口をパクパクさせた。


 図星を突かれて、めっちゃ動揺しとる。


 いつもは余裕があって、ちょっと意地悪なところがあるオルトスお兄様だけど、なんだかそのときのオルトスお兄様、すごく可愛かった。



 それから、なんだかんだで月日が流れ。


 乙女ゲームが始まるという設定の一年前になりました。ヒロインは来年、男爵家の庶子として編入してくる設定です。ちなみに、わたし十五歳。オルトスお兄様との関係は良好です。


 例のお茶会ですが、案の定、婚約者がいたので招待状が来ませんでした。心のまどか、ガッツポーズ。


 さて、乙女ゲームの舞台は学園で、通いたくないけれど貴族の義務で仕方なく通っている、という設定がちらほらあるが、この小説はそうでもない。


 学園に入る前でも飛び級できるうえ、滅多にないけれど学園に入る前に卒業ができるというシステムがあるのだ。


 ちなみに小説だと、飛び級で卒業できたけど王太子が、王妃になるんだから交流は持たないと、と言いくるめられ、渋々学園に通うことになる。


 だがしかし、オルトスお兄様と婚約したわたしは、わざわざ学園に通わなくてもいい。学園に入る前に試験を受けて、見事飛び級で卒業した!


 親やオルトスお兄様に「今後の交流のことを考えて、学園に入ったほうがいいんじゃないか」って説得されたけど、それよりもしたいことがある、と言ったら納得してくれた。


 わたしがしたいこと、いや十一歳の頃からやっていること。


 それは、養殖である。


 よく悪役令嬢の領地はのどかで農業が盛んなところが多いけれど、この小説はそうではない。なんと領地内に大きな港町があって、その港町に本屋敷があるのだ!


 まどかの祖父は、魚の養殖をしていて、前世から養殖について興味があった。けれど、この世界には養殖しているところがない。


 それなら、第一人者になろう。


 ということで、我が儘言って魚の養殖の研究を始めたのである。最初は海から獲ってくればいい、魚を育てることはない、と漁師たちが反対していたけれど、不漁が続いたときに養殖に成功した魚を流通したことが切っ掛けで多くの漁師たちが養殖に興味を持ってくれた。


 そのおかげで、漁師達が協力してくれるようになって、少しずつだけど養殖業が増えている。



「シル、実験用の餌の用意ができたぞ」


「ありがとう、オルトスお兄様!」



 オルトスお兄様が溜め息をついた。



「だからいい加減、お兄様つけるのやめろ」


「お兄様って呼ぶの好きだもの」


「結婚したら呼べなくなるんだから、慣れておけって」


「お兄様呼び嫌いじゃないくせに。なら今のうちに楽しんでおいてくださいな~」


「お前……言うようになったなぁ」



 やれやれと肩をすくめるオルトスお兄様に、わたしはにまにまと笑った。


 養殖について一番理解してくれたのは、オルトスお兄様だった。今は領主の勉強をしている傍ら、こうやってわたしの手伝いをしてくれている。



「そういえば、友達から聞いたんだけど」


「なんですか?」


「学園、今大変なことになっているらしい」


「と、いうと?」


「なんか王太子と護衛以外の地位が高い貴族の息子たちが、ある一人の男爵令嬢に夢中で、男爵令嬢と一緒に好き勝手やっているらしい」


「あらまぁ、それはそれは……」



 多分それ、攻略対象っていう設定の子たちだわ。トラウマを回避しなかったらから、電波系転生者に引っかかったのね。王太子と護衛以外っていうのが、なんか引っかかるけれど。



「その男爵令嬢、やたらとシルの名前を連呼しているみたいで、友達が気を付けておけって言っていたんだけど、そもそもお前に男爵令嬢に知り合いいたっけ?」


「いませんねぇ。わたしに同い年くらいの友達なんて、いませんもの」


「お前の友達、年上ばっかりだもんなぁ」



 そう。精神年齢が実年齢よりも高いせいか、同世代の子たちと話が合わず、結果年上の令嬢とばかり仲良くなってしまったのです。まぁ、皆様に可愛がってもらっているので幸せです。



「お前が学園に通わなくて良かったよ」


「同感です。面倒くさいことこの上ありません」



 頷いていると、入り口から馴染みの漁師の声が聞こえてきた。



「シルティナ様-! 前言っていた、セージーナの幼魚が網に引っかかっていましたー!」


「なんと!!」



 セージーナ! 前世でいうところのブリみたいな魚で、今度からセージーナの研究をしようと思っていたところだった。


 うまいこと繁殖に成功したら、養殖界はさらに発展するわ!



「こうしてはいられないわ! オルトスお兄様!」


「受け入れ準備をしておくから、死んでしまう前に迎えに行ってこい!」


「オルトスお兄様~! もう大好き! 愛してる!」


「現金な奴だ」



 オルトスお兄様が呆れた風に溜め息をつく。

 心外である。



「あら、オルトスお兄様のことを愛しているのは本当ですよ? もちろんそういった意味で」


「は…………?」



 わたしの言葉に、オルトスお兄様が口をあんぐりして、わたしを凝視する。


 なんだ、その反応。まるで初めて聞いたような様子で。


 あ……そういえば言ったことなかったっけ……? うーん、ま、今言ったからいいか!



「ということで、オルトスお兄様! よろしくお願いしますね!」


「ちょ、おい!」



 呼び止められたけど、そんなことより幼魚だ。わたしは漁師の元に走っていった。


 こんな感じで、あちらでは鬼籍に入ったおじいちゃんへ。わたしはあなたの影響で、養殖で異世界生活を楽しんでおります。ストーリーなんて知っちゃこっちゃねぇ。


 あ、養殖の研究の傍ら、津波が来たときのための避難所を数カ所作ろうと思っている。


 わたしたちの異世界スローライフはこれからだ!!





 そのあと、国外追放となった男爵令嬢(ヒロイン)を海の向こうの大陸へやるために、うちの港町に王太子とその護衛が来て、王太子に一目惚れされちゃったりとなんやかんやあったけれど。


 結論から言うと、ちゃんとオルトスお兄様と結婚できました。おわり。

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【完結】悪役令嬢に転生した転生者に転生してしまったわたしの話 空廼紡 @tumgi-sorano

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