2101年6月11日午後14時12分 "時任杏泉" -Last-

「昼間に出た"イレギュラー"の排除は終わってる。ついさっき、空港にやってくる民間機の受け入れも停止した。2日後までには、城壁以外から来た連中は国に帰ることになる」


すっかり窓の外も暗くなった頃。

久永はそう言ってソファに腰かけた。

もう一人、宏成が居るのだが…彼は何時ものように何も言わずに椅子に座って、腕を組み目を閉じている。


「意外と早かったね。もっと掛かるかと思ってた」

「別に、害獣駆除程度手間じゃない。野生動物じゃないから餌では釣れないけど」

「なるほど?…にしてはジージェ達が来ないけれど」

「連中もあと少しで来るってよ」


僕と久永は"委員会"の持つオフィスで会話を交わす。


「なら、空港も少しは楽になる…か」


僕は1月ぶりに座った自分のデスクから、窓の外を眺めた。

今まさに離陸しようとしていたジャンボ機が、その巨体をゆっくりと宙に浮かせて飛び立っていく。


「次は何処がゴールなんだ?」


デスクの傍に置かれたソファに踏ん反り返った久永は、疑似煙草を咥えながら言った。

僕は遠くに飛行機の影が消えるまで見届けた後、彼の方に向き直って小さく首を傾げる。


「さぁね。きっとまた50年くらい、動く羽目になるんだろうと思ってる」


僕はそう言うと、家から持ってきた用紙をデスクに広げた。


「なんだそれ」

「50年前、日本で計画されてた有人宇宙飛行船の設計図の一部」

「随分と唐突だな…」

「この星を捨てる選択だってあるだろうからね」

「捨てたところで火星にでも行くのか?」

「どうだろう。月にでも」

「勘弁してくれ」


久永は苦笑いを浮かべて言ったが、僕は鼻を鳴らして肩を竦めた。


「ま、全ては"権力"と"利権"に支配された今を何とかしないことには始まらないが…」


僕がそう言いだした時、オフィスの扉が開かれて、見知った顔がぞろぞろと入って来た。


「……やぁ、お疲れ」

「やっぱり貴方はそこがお似合いね」


夏蓮がそう言うと、僕の横の席に腰かけた。

ジージェにフランチェスカ、辛木さんは久永が座っているソファの方に座る。


「さて…」


僕は全員が集まったのを確認すると、全員を見回して口を開いた。


「どうやらまだ僕が引退出来なさそうな事はついさっき分かった所で…ちょっと良いかな」


そう切り出すと、部屋にいた全員の顔が僕の方に向けられる。

僕は小さく口元を歪ませると、一呼吸おいてから話を続けた。


「僕はただの市民に戻れて満足していたのだけれど、ついさっき現実がそうじゃないって事を示してくれた」


「リインカーネーションに染め上げるのは、正直言って本望じゃなかった。欲しかったのはただイーブンな世界だ。リインカーネーションだからといって迫害されるような世界じゃなくね」


「悲しいことに、リインカーネーションは極少数だった。掃いて捨てる程居る人間に比べたらね…更に悲しむべきことには、消え失せた石油の代替エネルギーに成りえる"白銀の粉"がリインカーネーションから精製出来ることだった」


「…それが一部の国でしか知られなかったことは幸運だったが、一部の国でも知られてしまえば僕等にとっては"エネルギー源"になる末路しか用意されていないも同然だ。だから僕はこの島に移住して、そこにリインカーネーションもしくは、リインカーネーションに理解のある人間を集めることにした」


「悲しむべきことに、リインカーネーションを世界中から保護する最中で、更にリインカーネーションへの風当たりが激しくなっていった」


「若返る」


「銀色の瞳を持つ」


「不死身だ」


「不老だ」


「そんな、夢みたいな"元人間"への風当たりは冷たいものだ。化け物を相手にしてるみたいに…それも逆の立場になって考えてみれば良く分かる」


「立場が変われば見方から何から何まで、感じることができる感情は変わるものだ」


「だからこそ、僕はこう考えた」


「だったら、皆を同じ立場にしてやれば良いんじゃないか?…」


「その結果がコレだ。全員を"リインカーネーション"にしてやった。適合できず"人間"でしかいることができなかった者達は、悲しいことだがここで終わらせてやると決めた」


「そして、リインカーネーションで埋め尽くされた星に変えたところで…僕はただの一市民となって1月を過ごしていたのだけれど…」


「"立場が変われば見方から何から何まで、感じることができる感情は変わるものだ"…この言葉の意味を自分でも分かっていなかった」


「新聞に踊るのは世界中の覇権争いの記事。会社の利権争いに何パーセントのシェアを得たか、どれだけ儲けたのか、貧困の格差がどれだけ広がったのか……」


「立場とやらは、人間とリインカーネーションの違いだけじゃない。誰かの上に立つ者も居れば…道端で飢えに苦しむ奴も居る。一人一人で見てる世界は違う。それは知っていた筈だった」


「だけど、それはリインカーネーションに成れば消えると思っていた。当然だろう?死ぬこともなければ老けることもない。悲しいことだが、僕達は半永久的に生きてないとダメなんだ。少なくとも、見立てだとこの地球が消え失せる頃でも平気で生きてる」


「それを知って入れば、見てくれの"金"なんざ価値のないものだということは直ぐに分かるだろう。今に貨幣とやらは前時代の…"人間"だった時代の遺物になるものだと勝手に理解していたのだが…どうやら現実は違ったらしい」


「半永久の時を生きるために、最初のスタートで"上"へと這い上がろうとする。他人を高い位置から見下ろそうとする。贅沢を享受したいが為に…」


「確かに、よく考えてみれば"金"が遺物になるなんて甘い考えもいいところだった…暮らすためには"金"が居る」


「家賃に食事代…生きるために必要な"金"に、様々な欲を満たすための"金"」


「何かの対価に使われるのは何時だって"金"だ」


「だが…僕が思うに永遠を生きる僕達にはもう"金"など必要ないだろう」


「必要な物は"白銀の粉"なんだ」


「そうだろう?石油以上の能力を発揮するようになった"白銀の粉"は天然には殆ど存在せず、この星を埋め尽くすほどに増えたリインカーネーション達を満足させるには膨大な量の"白銀の粉"が必要だ」


「今までの対価が"金"から"白銀の粉"になれば、誰もが平等なラインに立てる。持ってる資産は同じ量だ。誰もが"死"を迎えれば、同じ量の"白銀の粉"が採れるんだ」


「それを対価にしてやれば、醜い争いごとなど無意味になるだろう?」


僕は延々と語り続け、皆は何も言わずに黙って聞いてくれていた。


「そのために何をするかなんて、簡単なことさ。再び世界中を白く染めてやればいい」


僕がそう宣言するようにいうと、皆の方から窓の方へと目を向ける。

視線の先には、ライトアップされた閑散としている空港の隅に並べられた10機の"ムーンボマー"達。


「今度は"爆弾"で白く染め上げてやる。まだこの島以外に"ムーンボマー"を止められる迎撃機は存在しないし…仮にちょっかいを出せる物があったとしても護衛に付ける戦闘機で十分に駆逐できる」


「世界中のリインカーネーション達の"核"は、一月前に見つけた"とある文書"の方法を使って9割を収集出来ていると聞いた。世界が"核"を知るのは時間の問題だ」


「世界を書き換えられるのは僕達しかいないし、タイミングは今しか無い」


「一度無に返して"白銀の粉"の価値を理解できた者達だけで歴史の教科書を厚くしてやる」


そう言い切った僕は、ゆっくりと窓の方から皆の方に振り返る。

誰も口を開く様子は無く、久永や宏成は小さく頷いていた。


「それで?準備は出来てるのか?」


暫くの静寂の後、久永が問いかけてくる。

僕は小さく首を左右に振った。


「今ココからすぐにというのは無理だ。だけど、僕の置き土産だけで準備は出来るさ。3日後をXデーにしてもいいくらいにはね」

「…そんなに急に?暫くは城壁の中だけしか日常は遅れそうにないぜ」

「ああ。それでいいだろう?実際、城壁の中では誰しもが役割を知ってる。まだ"金"が動いているが…"白銀の粉"に変わるのも直ぐだろうし」

「既に"エネルギー源"を担っている連中は?チャンスをやるのか?」

「ノー。彼らは既に人として死んだんだ。死人に口をやるつもりはない」


僕はそう言い切ると、デスクの上に乗った疑似煙草の箱から一本取り出して口に咥える。


「この星がダメになるまで…幾つ進化すればいいかだなんて分からないけれど」


そう言って、火を付けて、バニラ味の煙を吐き出した。


「遠い遠い将来を考えれば、宇宙を駆け巡るSF世界みたいな生活をしなければならなんだ。"金"に囚われて足の引っ張り合いをしてる暇などないだろう?」


そう言って、再び疑似煙草を咥えると、僕は椅子から立ち上がる。


「さて…杏泉に異論がないなら…無償奉仕の時間だ。3日間。世界を書き換えるぜ」


疑似煙草を吸っている僕の代わりに、久永が皆に向けて言う。


「夢見がちなテロリストだといわれるかもしれないが、"金"をバックに取られた連中に綺麗ごとを言わせてる程時間は残されてない。立場が変わるが向いてる先は同じだ。動こうぜ」


その言葉が合図になり、座っていた者達は一斉に立ち上がる。


「キョウセン!見出しハ、ドウスレバイイ?」

「お任せで。この前の見出しのセンスに任せた」

「リョーカイ」


・・・そして、数十秒も経たないうちにオフィスの中に居る者は"城壁秘匿転生者委員会"に籍を置く僕と夏蓮だけになった。


「復帰初日から飛ばすね」

「仕事は早いに越したことは無いだろ?」

「まぁ、それは否定しない」


彼女は僕の横で、僕と同じように疑似煙草を吸いながら答えた。


「私達は3日間、何をするつもりなの?」


誰も居なくなった部屋に、彼女の声が通る。

僕は暫く考える素振りを見せると、ふーっと疑似煙草の煙を吐き出して、小さく指を鳴らした。


「幾らでもある」


僕はそう言って、窓の外に目を向けた。


「城壁内からも多少の"脱落者"が出るだろうから、それらの処理方針を決めなければならないし、無に帰した後に浸透させる"常識"を作らないと…」

「言葉にすると随分と壮大で、幼稚ね」

「実際そんなもんだろう。幼稚だよ。どうしようもなく手が届かない理想に手を伸ばしてるわけだから」


僕はそう言って、視界に見える巨大な機体の方をじっと凝視した。


闇夜に…綺麗にライトアップされた滑走路脇に並べられた機体は、ネイビーブルーの塗装のせいか、輪郭がぼやけて見える。


「何も人の上に立とうだなんて酔狂な事は考えてない。ただ、そうしなければ手遅れになるのは目に見えていたから手助けするだけさ」


僕は彼女に…いや、独り言としてそう呟くと、小さく口元を歪ませた。

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REINCARNATION 朝倉春彦 @HaruhikoAsakura

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