2101年6月11日午後14時12分 "時任杏泉" -005-
モノレールの駅から歩いて10分ほど。
人通りが極端に少ない城中の歩道には、スーツ姿の男が数名見える程度。
皆、一様に夏蓮と同じアタッシェケースを左手に持っていた。
モノレールの駅で受け取った"ワクチン"は既に体内を巡っており…歩きながら"効果"を確かめると、怖くなるくらいに自分の身体が変化していくことを体感できた。
「辛木さんと同じ?」
「ああ…」
そう言いながら、僕の右腕は何時か辛木さんが変化させていたような硬質な刀にすげ変わる。
「効果は…最低3日間。今の仕事中に切れる心配はない」
「分かった…君も同じワクチンを?」
「いえ。私は別のワクチンを打ってる」
「一体どんな?」
通りを歩きながら、僕が彼女にそう尋ねると、彼女は直ぐに"効果"を見せてくれた。
「コントロール出来るのなら"分裂体"も使いようがある」
そう言って右腕を消失させた彼女の周囲には、猫とも犬とも似使わない姿をした、2足歩行の小動物達が現れる。
「簡単にやられそうな見た目してるけど」
「硬質ガラス以上に硬いけれどね」
そう言って周囲の動物たちを右腕に"戻して再構成"した彼女は、得意げな表情を見せた。
「1階を片付けたら、オープンにしよう。"時任"の名は通ってるんだし」
「了解…」
僕と夏蓮は予め示し合わせていた通り、城中の雑居ビルの回転扉を潜り抜けた。
「あれ?時任様、本日は特にご用件を伺っては…」
聞こえてきたのは"日本語"。
出迎えた女は夏蓮を見てから、僕の方に顔を合わせると、直ぐにその表情を驚きの色に染め上げた。
「14時方向ね」
次の瞬間に夏蓮が起こした行動が、何の変哲もない日常を非日常に変えていく。
カチ!っという音がアタッシェケースから発されると、直後には内蔵されていた短機関銃の銃声が周囲を染め上げた。
「!」
まるでそれが合図だったかのように、この建物の外からも同じような銃声が聞こえてくる。
僕は弾かれた弾のように即座に行動を開始した。
既に"白銀の粉"と化した女を横目に内部に進んでいく。
とっくに疑似煙草は捨てていたし、夏蓮から貰った拳銃の安全装置は切っていた。
「前だ前!」
後から追いかけてきた夏蓮に聞こえるように、そう叫ぶと同時に銃の引き金を引く。
独特な形の銃の銃口を逃げ惑う彼らに向けるのは、一瞬気が引けたが…"リインカーネーション"として見なければ、その気持ちは直ぐに失せた。
9㎜の弾が次々に銃口から飛び出していく。
そのたびに、視界は"白く"染まっていった。
「おい、何故だ!」
「何が起きた?」
「襲撃だ襲撃!国に……」
はたから見ればただのテロリストじゃないか。
僕はそう思って、苦笑いを浮かべながらも仕事を進める。
新開発の9㎜弾とやらは、威力不足もなく、直撃した彼らを即座に"白銀の粉"に変えていった。
「何処の仕業だ?」
「時任です!…」
「クソ!…」
1階を大方片付けた頃になってようやく大使館内部に置かれていた警察組織が迎撃に来る。
彼らに気づいた僕達は、一旦物陰に身を隠した。
直後、軟な内装の壁が弾丸で抉られる。
「彼らの装備は?」
「昔と同じ」
「小銃も?」
「いーや、拳銃だけ。古めかしい38口径」
「悲しいね」
「僕は上をやる…君は逃げてきたのを迎え撃て」
「あら、復帰したばかりにしては働くのね」
「リハビリさ」
「暇になるようだったら可愛い私の半身を寄越すとするわ」
「了解…暇にしてやるよ」
物陰で会話を交わすと、僕達は別々の場所から彼らの前に姿を現わす。
「!」
安易に警察部隊の前に出た僕は、数発を食らいながらも4人を一気に仕留めて、狭い通路を駆けていく。
「な!死なない?」
「イレギュラーだイレギュラー!奴は時任じゃない!」
遠くからこちらを伺っていた職員たちは迫りくる僕を見て錯乱する。
「ナルホド…痛みはないし、使いやすいものだね」
受けた傷を即座に"修復"した僕は、落ち着いてこちらに銃を向けていた警察部隊の1人を抹殺すると、通路のド真ん中で立ち止まった。
「お…おい!ここは…大使館だぞ!…こんなことをして…タダで済むと思うなよ?」
通路の先…視界の先には腰を抜かした職員が精一杯の虚勢を張っている姿が見える。
その先の階段を上がって行くのが僕の目的だったので、サッサと丸腰の彼を仕留めてもよかったのだが…僕は小さく笑みを浮かべると、そっと床に"溶けて"いった。
「な!……消えた…溶けて…"イレギュラー"…なわけがない…時任杏泉はリインカーネーションな…はず」
床に溶けた僕は、腰を抜かして動けぬままになった職員の方に近づいていく。
はたから見ても、影が蠢いている気配もないだろう。
そして、あっという間に職員の前までたどり着いた僕は、ゆっくりと床から"這い上がった"
「う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
左手に拳銃を構えたまま床から"這い出た"僕の姿を見た彼は、耳を劈くほどの声量で絶叫する。
「あっ…あっ…あああああああああああああッッッッ!」
僕はその耳障りな声を銃声で掻き消すと、舞い散った"白銀の粉"を払いながら階段を上がっていった。
「下の騒ぎは聞こえてなかったのかな?」
上階に上がった僕は、物陰に隠れては震えている職員たちを機械的に消していく。
「エレベーターは?」
「動いてます!呼んでも来ません!」
「クソ!上の奴等だ…」
「上だ!上に行け!」
「窓から外には?」
「無理だ…」
「そ…外にも……そんな」
機械的に狩りを行う僕の耳に入ってくるのは、自分の銃声と逃げようと奮闘する職員たちの叫び声に近い会話。
2階…3階…4階…と、順調に狩りを進めていた僕が5階に上がるころ、丁度階段を上がり切った僕の横を小さな小動物たちが駆け抜けて行った。
「案外、暇になるまでに時間が掛かったな…」
夏蓮の"半身"…小動物で、愛らしいシルエットの割には顔を持たない化け物のようなそれは、あっという間にフロアに散開していき、直後には聞きたくもない絶叫と何かが折れる音や千切れる音が聞こえてきた。
援軍を得た僕は、順調に5階、6階と進んでいき…次で最上階。
僕の周囲に付いてくる小動物と共に7階のフロアに足を踏み入れると、直後に僕の身体に数発の風穴が空いた。
「……利かない…?」
一瞬足を止めた僕だったが、その風穴は何事もなかったかのように塞がれる。
銃声から一連の流れが終わるまで…ほんの少しだけ静寂に包まれたフロアの中で、僕は即座に床に"溶けた"。
「消えた!…来るぞ!」
「なんだアレは!」
「"イレギュラー"も混じってるのか!」
「時任二人だけじゃない!…"化け物"から片付けろ!」
怒号とともに、耳には豆鉄砲の銃声が聞こえてくる。
"イレギュラー"になった者が放つ"生物"には38口径弾など小石も同然だった。
「…利かない!」
「ああああ、こっちに来た!」
「クソ!」
籠城した職員達の中に駆けて行ったそれは、容易く職員達を"白銀の粉"へと変えていく。
「これでチェックメイト」
僕は床の中から目を付けた男の目の前に"這い出す"と、そう言って彼に銃口を突きつけた。
「……」
「……」
銃口が彼の額を向いた直後、彼以外の職員は皆消え失せ、静寂がフロアを包み込んだ。
僕の周囲には、夏蓮の半身が集まって来たが…僕の意図を汲んでいるのか、見境なく襲うような真似はしない。
犬のように従順で、愛嬌すら振りまいているみたいだった。
「君で最後だ」
「……何故…時任さんが、そんな…」
「本当の意味でリインカーネーションに成り損なった人間が居ると聞いた。職場復帰さ」
「そんな人は何処にも!」
僕は叫び声を上げた目の前の職員の言葉を最後まで聞かずに引き金を引く。
"白銀の粉"に様変わりして、粉は空調の効いた部屋の中を舞い散って白く煙る。
僕は体中にまとわりついた粉をほろって、エレベーターを使って1階に戻っていく。
彼女の半身たちは、僕の足元にまとわりつくようにして付いてきた。
「お疲れ様」
エレベーターを降りると、疑似煙草を煙らせていた彼女が出迎えてくれた。
欠損した右腕に彼女から分裂した生物が取り込まれていく。
右腕を取り戻した彼女は、その感覚を確かめるように手を握っては開くと、僕の方を見て何かを促すような表情を作って見せる。
「久しぶりに運動した」
「運動不足はリインカーネーションにとっても大敵なのだけど」
「最近はデスクワークばかりだったから」
僕はそう言うと、ふーっと溜息を付く。
「もう一か所あるんだっけ?そこが終わってからで良い。皆を集めよう…そして、"先"へ進むために動き始めよう。やっぱり僕にはこれが似合ってた」
僕達以外誰も居なくなったビルのフロアに僕の宣言が響き渡る。
横目に見た彼女は、ほんの少しだけ表情を明るくすると、小さく頷いて煙を吐き出した。
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